ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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公園で遊ぶオヤジの図

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Carl Zeiss Jena 'Biotar' 2/58 (Late-1950's / for Exakta)

大好きだぜ…ぺんぺん草!!

実家の周辺に何故だか「街区公園=児童公園」というのが3つある。
3つとも家からほぼ等距離にあって、しかも開設したのも同じ頃。

コレが出来る前=小学校に上がる以前は、もっと自由な空間がたくさんあって
遊び場には困らなかったのだが、それは今思えば、
移転前後の高校跡の広大な敷地だったり、
大規模な区画整備工事直前の「空き地」だったのだが、
東京五輪の頃になって、一斉に工事が始って
(地方なので五輪が終わって以後しばらく経ってから...だと思う)
我々はあらゆるテリトリーから一斉に閉め出されるのだが、
その代償として充てがわれたのが、
整備された「街区児童公園」であった。

公園には一様にブランコや滑り台、シーソーなど遊具が敷設されていたから
我々はそれを「遊園地」と呼んだが、元よりそんな
あてがい扶持の遊具なんかで遊ぶ気持など毛頭ない。

最初はちょっとした水たまりだったが、そこに生息し始めた
水生生物の小さな世界となった大事な大事な池を返して欲しい。

カイボリで流れを変えたり堰き止めたりしながら
河川・土木工事の基本みたいなことを履修した我々の小川を返してくれ…!
そう思いながら、こんな子供じみた遊具なんかに騙されないぞ!
まだ小学校にも上がってないが、我々ガキンチョ仲間はそう思って反抗していた。

今現在も、その3つの街区公園はそのまま変わらず存在するけれど、
子供達の姿は殆ど見掛けない。
「ボール遊び禁止」…子供はおとなしく滑り台やブランコで遊んでいろ!
そういうことを大人が意図しているなら、
それはとんでもない間違いだろう。

大人にとって公園の花やぺんぺん草が大切なように、
子供もそれが小さな取るに足らぬ世界であっても、
自然と対峙する機会や場所が、何よりかけがいのないものだと思う。

草むらにゴロンと寝転んで、草の柔らかさと匂い、
そしてさわやかな風を感じながら
雲の動きをずうっと眺める…。

滑り台やブランコより、そうした体験の印象、記憶の方が
よほど強烈であるっていうのは、
決して私だけではない筈だと思うのだが…。



この曲を聴くと(今でもたまに聴く!)思い出すのが、
上京したての頃、初めて独り暮らしした東京蒲田、駅歩25分、
家賃9千円也の木造二階、東向き四畳半部屋の朝の情景。
パチンコで獲得した手回し式のミルで
ガリガリガリと豆を挽いて入れたコーヒーと、バタートーストの香り。
そしてマイケル・フランクスのアルバム「スリーピング・ジプシー」。
その1曲目がこの「淑女の想い」…。

ラリーカールトンのスタイリッシュなオブリガードと
ジョーサンプルいぶし銀のコード使い…。
随分真似もしたし、影響を受けたな。

それでもこの曲を耳にすると、何より先に思い浮かぶのは、
いつも天気の良い東京のさわやかな朝と、
コーヒーとバタートーストの芳しい香り。
そして「ああ、また遅刻だ…1時限目の電気概論…」

Michael Franks 「The Lady Wants To Know」


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4 Comments

ももPAPA says..."懐かしいですね"
pipさん こんばんわ

山陰の田舎の片隅にある小さな団地も、まだ中学2年の頃までは 近くを小川が流れ そこに池があって、カニをフナを捕まえて飼ってみたり・・

一度 草で隠れて見えなかった肥えダメへはまって半日 黄金の香りを振りまいたこともあったり
そんな自然は、自分が上京してまた帰ってきた頃には姿を消してましたね。
区画整理されて、今は住宅が立ち並んでいます。

pipさん 羨ましいなぁ

自分は静岡の下宿に1年(そこは8人の学生と同居) 上京してからは学生寮で1部屋4人での生活
プライバシーもへったくれもないような環境で・・
そこが嫌でしばらく友達のアパートに転がり込んでたこともありました。

急にいなくなったので捜索願いまで出されてて慌てて帰ったのも今となっては懐かしいです。
もしひとりだったら もっと落ち着いて東京散策したり、自分だけの時間を楽しんだりできただろうに  ってふと思ったり
振り返って思うと もうこんなに時が経ったんだって改めて思います。
2015.04.29 21:43 | URL | #Wgi4adpQ [edit]
pipco1980 says..."ももPAPAさん こんばんは"
私らの時代というのは「共通一次」施行直前、まだ国立二期っていう
区分があった頃ですから、入試は3月後半、合否発表は末日っていう
何とも迷惑なギリギリ日程。結局落ちるワケですけど、
その結果を待っての上京ですから、寮も下宿ももはや入れず、
東京のハズレの駅の、さらに離れた、多摩川の河川敷にほど近い
オンボロアパート…。しかも取り壊す都合で1年のみの約束…
そんな慌ただしい感じでしたよ。

実を言うといまだに、小川や池などを見るとテンションMAXになる
自分に気がつきます。今は暗渠になってしまってる所も多くて、
逆に異常なほどテンション下がってたりしてね….。
2015.04.29 22:11 | URL | #- [edit]
hal says...""
ぶひ~連休前にバタバタです、とほほ~。

アウトフォーカスの八重桜(?)が何かしら恨み節風です。
ビオタールのせいもアリ、ですか??

僕はオフィス街のど真ん中で育ちましたが、子供時代は大阪城のお堀が遊び場でした。
石の隙間に潜む手長エビやチチブといったハゼ系の魚釣ったり。
そして一箇所、石垣が崩れて、お堀の中の小さな池、みたいになった場所がありました。
そこにもエビがたくさん居て、イイ釣り場になってました。

時は流れ、ブラックバスやブルーギル等の外来魚が席巻し始めても、
石垣が崩れてできた小さな池は外界と隔てられたおかげで、生態系のサンクチュアリでした。
外の広いお堀には、とっくに食い尽くされたか、他の生き物は見られなくなってましたから。

さらに時は流れて僕は父親となり、子供連れで遊びに行ったりするようになっても、
その小さな楽園は残ってて、日本古来のエビや魚は細々と生き残っていたのですが・・・。
2~3年前かしら、崩れた石垣がきれいに補修され、楽園は消えてしまいました(泣。
このお堀からは、外来魚に捕食されるようなエビや小魚は、絶滅したんじゃないでしょうか。

石垣直したい気持ちも解りますけど・・・。
「要らんコトすな、どアホ!」って、マジで思いました(笑。
2015.05.01 18:38 | URL | #PwYTJ1I6 [edit]
pipco1980 says..."halさん 毎度です"
そうそう、最初はしおらしく(?)八重桜を撮ってたんですが、
イマイチ冴えない…そういうわけでBiotar奥の手の…?
とっくに見透かされてましたね!。

私も田舎とはいえ、その中でも都市部だったので「自然」というのは
相当に有限で、貴重なものだっていう意識は、そうしたわけで6歳くらいで
備わってしまいました。
ただし人工的で欺瞞に満ちた「公園」ですけど、ちょっとした、
例えば岩の下とか、崩れてできた窪みなんかに「小さな自然」
「世界」を発見出来るわけでしたが、仰る通りことごとく
「破壊」されてしまいましたねえ。



2015.05.01 20:24 | URL | #- [edit]

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