ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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そんなに悪くなかったぜ70年代!

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山田五郎&みうらじゅんのPodcast「本当はかっこ悪い70年代」によれば、
70年代の根底は「アンチ・リッチ」にあるとのこと。
実際に飢えるほどの深刻な貧乏では全然なくて実家は案外中流家庭。
しかし都会に住むからには貧乏でなくてはならぬ。

四畳半でなければならぬのだ!

男おいどん大四畳半生活を実体験し
出来れば2年目は運が良ければ「同棲」なんぞして、
長い手編みの襟巻きを2人で首に回し、
ちびた石鹸をカタカタ鳴らしながら一緒に銭湯に行かねばならない。

そんなある日突然、彼女に「ないの・・」と言われ、
「俺の青春もここまでだぜ!」
などといって長い髪を切り、学校に行かず労働に汗するが、
実は彼女の方はただ単に遅れていただけ!というのが発覚し、
以後何となく盛り上がることなくそのままお別れ…
これも人生だぜ!とATGあたりの青春映画の主役を気取ってみたりする
(全部妄想だが・・・)。

ファッションなんて感覚はなく髪は手入れもしない洗いざらし。
Tシャツにダブダブのオーバーオール
履物は下駄と言いたいところだが中村雅俊ではない。
ビーサンか国産の?スニーカー(既にNIKEはあったが一部プチブル学生のみ)。

酒は最上級でサントリーのホワイト!
居酒屋とかスナックなんて、ましてキャバレーだのクラブだのは憎きブルジョア、
または会社に魂を売った背広族という人種の為の別世界
(実はキャバもクラブも違いがよくわかってない)。

格好良いのは赤ちょうちんのカウンターだけの一杯呑み屋。
椅子はあったほうがいいが、なくても構わない。
私は東京のインド!高円寺の立ち呑み屋で当時80円だった
レモン酎ハイデビュー。
金もないのに何故だか毎日浴びるほど呑んだものだ。

一方、1980年から81年にかけてヨーロッパを放浪した山田五郎は、
帰国した途端、日本がすっかり変わってしまったことに驚愕したそうだ。
長髪族が絶滅し、皆テクノカットでツルンとして清潔そのもの。
貧乏が美徳ではなくなって、若者はクルマを買いナンパに走り、
高級な酒を飲み、何より住まいは四畳半ではなくワンルームマンション。
70年代は金持ちというだけで背徳的で悪者な存在だったけれど、
80年代はそれまでヒールだったスネオ君や花形満がもてはやされる時代となり、
やがてバブルを迎えるのだった。

個人的には、取り敢えずビール!んで次どこ行く?
なんてスカした最悪にかっこ悪い時代だった。

実を言うと私はなんだかつい去年までそんな猥雑な生活の中に
長ーいこと居たような気がする。
今、大病を経て、なんだか東京での35年におよぶ生活が全てが夢だったような、
そんな気もするのだ。

ついさっきも東京に残ってる家人からの電話で、
放射能やら地震やらで東京が壊滅する前の今のうちに
マンションをどうにかした方がいいのではないだろうか?的な生々しい話に触れると、
実はどっちが夢か現実か混乱する。

東京にいれば秋田の生活は夢だし、秋田にいれば東京はウツツとなる。
当たり前といえば当たり前なことかも知れないな。

なんとなく高円寺的な長野下(もう誰も知らないかな?)の民謡酒場あたりに
繰り出したくなった…実は行ったことはないし。川反も殆ど知らない。
上京前は高校生だったもんでね。

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1 Comments

朴 狸  says..."まだ在るのかな?"
懐かしい文字が見えましたので…
義声…随分昔に入ったような聴いた様な?
しかも長野下なんて…もっと前かな~モッキリ。

それから格付けを少しずつ上げてハシゴね。
駅前も川反もクラブ、キャバレーは遥か彼方です。
70~80年代って駅前は国鉄、バス、タクシー、運送屋の運転手の溜り場だった…と。

貧乏誇ってました、川反の一六銀行のオヤジさんと顔になった時期もありました。
代がかわってますので『カメラ引取りに来ました』って言ってもプレミア付いてるかな(笑)

時代物語楽しんでおりますよ。
2012.03.17 16:08 | URL | #YDOxSa4Y [edit]

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