ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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ゲンゴロウと吉祥寺...

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手前の岸辺は8〜10歳頃の我らの貴重な大自然アドヴェンチャーの入り口。膝まで水に浸かりながら
ゲンゴロウやミズスマシ、ミズカマキリ、ヤゴなどの水生生物を追い掛けていた。
ある時、他のクラスの奴が当処で皆の憧れ「タガメ」を捕まえたことで、しばし
「タガメ・ラッシュ」で盛り上がるが、誰も2匹目を見つけることはなかった。



若い頃、音楽なんぞにウツツを抜かしてしまい、
随分と遅いスーツ&ネクタイデビューを果たした最初の勤務地が、
東京の少しハズレ、中央線沿線の中核都市=吉祥寺というところだった。

当時私が住んでいたのは三軒茶屋というところだったから
通勤は毎朝徒歩で20分程掛けて下北沢駅まで行き、
そこから京王井の頭線に乗って終点吉祥寺までさらに20分で到着する。

吉祥寺駅北口には昔はどんな駅前にも必ずあったはずの麗しの魔窟!
=ドヤ街(ハモニカ横丁)が今も現存しているが、
奇遇なことに下北沢にも「泥棒市場」という駅前ドヤがあったから、
期せずして魔窟から魔窟へ!ということになって、
会社がハネタ後、なかなか家に辿り着かない事態になる。
いやあ楽しかったなあ…。

下北沢というのは通町+大町程度の小さな町で、その後本多劇場を核とした
アングラ芝居のメッカとなってしまったが、当時はまだ普通に怪しくイカガワシイ
活気ある街だった(今も活気はすっごいけど、ちょい質が異なる)。

一方、吉祥寺は規模も大きいし、
当時から市場や繁華街の奇しさとファッショナブルさ、
井の頭公園(実際は三鷹市に属すのだが)の自然と
住宅街の整然が混然一体とした魅力的な街で、
今も昔も住みたい街の人気第一位であり続けるらしい。

30年前、私はこの街をかなりの欲目もあったのだろうか?
どうしたことか「秋田に似ている」などと途方もないことを感じていた。

街のキャパシティとかポテンシャル、ある種のコンパクトさが
秋田市とほぼ同等なのではないか?と極めて皮膚的に感じたのだった。
そして今にして思うのは、

何故今これほど差がついてしまったのか???ということ。

秋田はノンビリしていて良い街だ。
太古の昔から大災害も少なく、何となく食べれてしまう街だと思う。
東京では気を抜いてボーッとしているとすぐに飢えるか、神経がイカれてしまう。
そんな切迫感、危機感が、実は浮かれて見える東京都民の裏の顔・・・

いや真の顔だと思う。

そしてその切迫が繁栄を生む。
以前も書いたけれど、どちらを選ぶのか?
今の私はわからなくなってしまっているのだ。

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