ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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男のくせに....!

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男のくせに・いい歳をして!
と散々PTA方面から罵声を浴びたのは、小学5年ごろ
このGIジョーなる着せ替え人形=今で言うフィギャアがクラスで大流行した
1960年代後半のことである!。

米国ハズブロー社製で、当時、1体・基本装備付¥1500円。
これを買ってもらうためにどれだけの家事を手伝い、
次の算数のテストで良い点を取ることを約束させられ猛勉強したことか??
当時の1500円の価値たるや途方もないものに感じたものだった。
勿論さらにオプションは蟻地獄のように用意されていて、
陸・海・空軍の衣装と装備は勿論、意外に人気があったMP(憲兵だな)や
潜水服にアクアラング、宇宙飛行士、さらに整備兵などもあった。

これをクラスの悪ガキ10数人が、マイGIジョーと、
各人各様、母親に頼んで小豆を入れて縫ってもらったミニチュア土嚢や
カモフラージュ用の草木やプラモデルなどを持ち寄り
友人宅に集まり、一大ジオラマ戦が繰り広げられるのだ。

必ずクラスに一人はいる戦闘歴史マニアが
「今日は1942年のポーランド戦線で行こうぜ!」などと想定はするが、
所詮は両陣営とも米軍のみ!?

しかもよく見ると土嚢の陰で自動小銃を構えているのは
銀色に輝くジェミニ計画宇宙飛行士だったり、潜水夫だったりするが、
細かいことをガタガタ言っちゃーいけません!
このおおらかさこそが60年代!
各人各様思い思いに勝手に愉しんだものだ。

まあ最後はお決まりのプロレス技=コブラツイストに逆エビ固めだ四の字だ、
勿論当時の最大トレンド「シェー」も・・・と荒れるが、まあそれも良い・・・
何事も寛容さが大事?。イマジネーションが大切なのだ。

その後、GIジョーは日本の玩具メーカー「タカラ」が版権を取得し、
そうしたギャップを埋めようとしたのだろうか?
敵方のドイツ兵や日本兵を発売したらしいが、
その頃はもうランドセル&半ズボンから学生服へと、
GIジョーではなくこちら側が衣替えとなって
いつの間にかスッカリ冷めてしまっていた。

今は時代的に少し値下がり情況らしいが、
一時、高円寺ゴジラや、中野まんだらけ辺りをフラっと覗くと、
どんな悪コンディションでも(最悪裸でも)オリジナルの60年代米国製なら
3万円はしていた。
結局クラスの誰も買ってもらえなかった憧れの「ジープ(当時¥5000)」は
なんと35万円…。
秋田のGIジョーのメッカ?金座街の「ミウラおもちゃ屋」で一瞬だけ目撃したが、
すぐに売れてなくなっていた。
あーあ金持ちの家に生まれたかったなあ!?
と、この後かなり現実的な白い空気が流れ、
ブーム終了に拍車がかかったのも事実である。

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