ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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40年ぶりのサクラ

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出身の小学校が今は同じ場所にないことは以前にお話(?)した。
しかし上手く作ったもので、跡地に出来た図書館の風情は
何となくだけれど、昔の小学校の雰囲気に似てなくもない。
勿論そりゃもう遥かにボロボロのグシャグシャだったけれど・・・。

そんな当時の話だ。大抵の生徒(児童・学童か?)は校門を出て右の坂を登り、
公園を抜けて手形方面に帰宅する。これが7割。
さらに2割は校門から直進で矢留方面。
校門を左に出て広小路方向(実際には国学館?との間の路地を往くのだが)は1割程度。
私はその1割のマイノリティ=少数民族の中にいたから 
学校内では同級生たちとワイワイ騒いでいても、
門のところで「じゃあさよならまた明日」
と一人寂しく帰らねばならないことが多いのだ。

この自らの過酷な宿命を何度呪ったことだろう!!

そんなワタシが年に一度異常なハイテンションになるのが
この「お花見」の時期に相違ない。
この時期は児童たちの射幸心を煽る売店も多いし、
妙な方々も多くて危険?という判断から、
お花見期間中の公園経由通学は禁止となり、
何と皆で一斉にホンの数十メートルながら大手門通りに抜ける坂の路地を
ワイワイと一緒に帰れるからだ。

本当にこれは嬉しくって「桜さん、毎年咲いてくれてありがとう」
「ワタガシ屋さんもお面屋さんも金魚すくい屋さんもみんなありがとね!?」
と云う心境なのであった。

さて、この時期の千秋公園は実に40年ぶりくらいだろうか?
こんな極めて個人的理由から、妙な高揚感というのか
勝手にテンション上がりっぱなし、
感無量で涙すら出てきた50過ぎのおとっつぁんがここに居るわけです。

長年「桜は千鳥ヶ淵が一番!」などとホザイテいた私だが撤回する。

「サクラは千秋公園が一番!」。

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