ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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明るい未来の話

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Jupiter9 8.5cm/2(1957)

ポニーの引く雪ゾリを待つ子供達の長蛇の列が
出来ていたのだが、列で待ってる子の何人かが、
親達に云ってる言葉を聞いて、私は思わず感動して
涙がこぼれそうになった。

「私たちが乗るのを止めたら、
 おウマさんを休ませてあげられるの?」

それを耳にしたポニーを引くおじさんが笑顔で応える。

「おウマさんはみんなを乗せて歩くのが好きで、
 嬉しいんだよ!だから心配しないでね…」

「わかった。おウマさんが嬉しいなら…」

内容の真意はともかくも、
まだまだこの国の将来は明るい…かも。

みんなあ、おじさん達の老後も…よろしくね!
あれっ??



我ながら、ちょいとこの事態はまずいんじゃあないか…
というほど、毎日必ずFrank ZappaのCDを1枚2枚…
いや3枚くらいは、確実に聴いてから就寝する毎日である。

昔、くそ忙しくてレコードを聴く時間を捻出するのに
腐心していた時代には、早めに自身の事業を立ち上げて
安定させたら、さっさと自分は引退して、もうイヤっちゅうほど
レコードを聴くぞ…Zappaなんか特に難解なところを、
毎日聴き倒したる!…てなことを夢見ていたのだが、
何一つ適わぬまま、時間だけ無為に出来てしまって、
当初の条件とはまったく違う、嘆かわしい形ではあるけれど
結果的には適うことになってしまった。

いわゆる家庭用ビデオレコーダというのが普及し始めた頃の話。

まだ私にはそれに興味はなくて、
ひたすら音関係のみのライフスタイル…。

ところがある日、友人の誘いで、東京・西荻窪にあった
ぎゃばん」っていう、通称「ザッパ喫茶」に出掛けることになって、
そこでカルチャーショックを受ける!。

それまで観たこともなかったザッパのライブビデオが上映されていて、
(来日コンサートは観たけれど…)さらには近々、てっきり幻で
もはや実在すらしないと思われたザッパの不条理映画「200モーテルズ
のビデオが入荷し、その上映会を開く!という。
私などもう、鼻血が吹き出るほどの驚きと興奮に震えるのだった。

すぐにぎゃばんのマスターのお兄チャンと仲良くなって、
ビデオの入手ルートが判明した。
(後年、弟クンが店を引き継ぐのだが、彼はザッパよりレゲエ好きで…)

なんと、入手元は他ならぬハリウッドの「ザッパ家」。
まだ当時は自家通販でビデオ作品や、一時的に販売網を失っていた
レコード、ポスター、Tシャツなどを、自家で世界中に売っていたのだ。

ある夜、店の分と自分の分を注文する為、Zappa Family Trustに
なぜだか私が電話した…。
いきなり、Hi, I'm Gail..って声が聞こえた。
ゲゲゲ…ゲールって…もしかしてザッパのヨメ...嫁ハンやんけ!…
と、少々ビビりながらも、そうは言ってもこちらも海外取引は
いわば本職である。

そういうわけで、本職なわりには、調子に乗って予算を大幅に超え、
大量注文してしまった。

ビデオ3種に、ザッパ本人がデジタルリマスターしたアナログレコード(!?)の
ボックスセットに自伝…、結局Sサイズで着れなかったTシャツ数枚…。

というわけで、この映像も、黒いビデオケースに貼付けた
紙きれに、タイトルをタイプしただけの簡素すぎる
「公式ビデオ?」に入っていたヤツ…。

当作品を含む、TVスタジオライブ映像は、1976年2月の来日記念で、
NHKヤングミュージックショー扱いで放映される予定だったが、
おりしもロッキード疑獄事件の証人喚問中継やら何やらで放送中止…。

もしこの時、予定通りに放送されていたら、
我が国でのザッパ周辺の事情も、大きく変わっていたかもしれないな。

Frank Zappa & The Mothers - Florentine Pogen

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6 Comments

oyajisann says..."200モーテルズ"
今晩は200モーテルズって見てないですがたしか
リンゴが出演したたんですよね。
ザッパ語れるほど、かじったと言える程聞いてない
膨大なリリースなのでグループとしてはこれをギタ
リストとしてはこれを等レクチャーしてください。
2016.02.10 23:21 | URL | #eTRrWisM [edit]
pipco1980 says..."oyajisannさん 毎度です"
リンゴ演じる「おチビのドゥワーフ(だったかな?)」には、目一杯の
スラングで下ネタばかりを云わせてしまってます。一方、キースムーンには
変態修道女(?)役!。ザッパ脚本&監督は、もはや情け容赦ありません。

60年代はサイケ!ですね。70年代はポップなプログレでジャズロック?
な感じ。80年代に入ると、ちょっとメタルっぽい感じもちょっとだけあり、
晩年は室内楽!…。というわけで、70年代だけでも充分楽しめるかと….。

2016.02.10 23:33 | URL | #- [edit]
ギターマジシャン says..."元祖クロスオーバー"
自分に限らず、ロックギターを弾く中・高校生に、クロスオーバーの世界を、
教えてくれたのが、ジェフ・ベック「ギター殺人者の凱旋」(すごい邦題)で、
自分の場合、ギターインストは、これ以前、以後のくくりになっています。

すでにジャズロックやプログレで、この手の音楽は数多くあったでしょうし、
マハビシュヌも不動でしたが、フランク・ザッパも60年代からやっていて、
この曲の演奏も74年、ベックのアルバム前夜で、堂々たるクロスオーバー、
後半のギターソロは、ベックも真っ青というくらいスリリングで良いです。

それにしても、ザッパバンドの演奏レベルはものすごく、決めのフレーズや、
リズムチェンジも難なくこなして、各楽器のソロも半端なく、感動ものです。

ザッパの奥さんに電話して、通販グッズ(?)を直買いしてしまったのは、
英語力、行動力、どちらも見事すぎて、自分は今のネット社会であっても、
国内サイト、それも大半がアマゾンで、他は恐ろしくて手が出せないです。
2016.02.11 10:28 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
Blow By Blow...確かジョージマーチンでしたねあれは…。
自分的には第2期のジェフベックグループかBBAに、より
強烈な出会いがあったように思います。

年代的には、チックコリアのRTFがジャズの入門でありつつ、
クロスオーバーとの出会いだったような気がします。
ザッパもほとんど同じ頃知りましたけど、クロスオーバーって感覚はなくて、
やけにゴチャゴチャしたロック!って、そんな感覚だったように思います。

ザッパは常にオーディションを開いて、ミュージシャンを採用してましたが
必ず初見で弾かせて力量を見定め採用し、さらに丸1カ月は、小ホールを
貸り切り、みっちりリハーサルを積んでからツアーに出掛けるのだそうです。
当然当人は1日の殆どをスコア書きに明け暮れていたそうで、
わりとジャンキーっぽくて、遊び人風を演じてますけど、実際の彼は
「超仕事中毒」な人柄だったそうです。

ちなみに超ハイレベルのオーディションには我が国からも、
ミッキー吉野さんとか、ソウル透(?)という方々が過去に受験していた
という「噂」です。
2016.02.11 12:01 | URL | #- [edit]
あとりえ瑠璃絵 says...""
良い写真
良い会話に
拍手です。
2016.02.12 10:15 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."あとりえ瑠璃絵さん 毎度だス"
お褒めいただきどうもです。

ただソリに乗せるだけじゃなくて、いろいろなことを
子供らに考えさせ体験させる….。
大事なことですけど、自分ははたしてどうだったかなって…
思いますね。

でもお猿の電車のお猿は、何だか面倒くさそうだったなあ…。
2016.02.12 14:28 | URL | #- [edit]

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