ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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雲のトラウマ

DSC00422s1.jpg
Jupiter9 8.5cm/2(1957)

自転車のシュプールが妙に珍しくて面白かった...
ただそれだけの写真…。

北の辺境のこの街の、冬の主語は断然「雪」。
季語じゃないよ、主語!。

話題の切り口はたいてい「雪が…」で始まる。
ちょっと寂しい…かな!?。


小4くらいの時に、突然「音楽専門」の、とても熱心な
男性教師が赴任してきて、我々を取り巻く音楽環境が、
それまでと大きく変わった。

音楽の授業内容が突如本格化したのは、云うまでもないが、
クラス対抗で、器楽演奏や、合唱というもので競うようになった。
また、作曲法の授業を行なったそのすぐ後に、
作詞作曲コンクールがあって、優秀作品は、なんと自費出版ながら
「レコード化」する!という企画まで模様され、
作品は、昼間の校内放送で連日のヘビーローテーション!。

当然、器楽部、合唱部もテコ入れされて、精鋭部隊が組織され、
彼らは、街のイベントや放送番組、コンクールなどに
積極的に出演するような、希有な存在になった。

当然ナニゴトにも感化され易い私である。
器楽部も合唱部も参加を希望したが、どちらも選からは漏れた。

赤&黄色のバイエル停まりとは言え、ピアノは多少弾けるし、
音楽授業の前後や放課後に、しょっちゅう音楽室のピアノを
弾いていた私だから、まあせめてアコーデオン隊の一角くらいには…
と考えて、自信もあったのだが、ピアノなど弾いたこともない
男子数人がアコーデオン隊に選ばれる中、音楽教師が
もう忘れられないほど覚めた口調で私にいったのは

「君は今回は遠慮しなさい…理由は分かってるはずだ!」

その理由が、実は今もって分からないのだ。

さらに後日、メンバー補充の追加オーディションがあって、
それにも参加して、随分練習したピアノ曲を弾いて、
他の生徒達に「凄いねえ…上手いねえ!」などと
煽てられたりもしていたのだが、
そのときも、おそらく私だけが無惨に落とされている。

いつか理由を聞かねば!と思っていたのだが、
当該教師は、すぐに人事異動で転勤してしまった。

突然の異動には、不祥事があった…とだけ後日聴かされたが、
内容は明かされなかった。
(例の自費出版レコードに伴う金銭トラブル?という説もある)

結局分からずじまいの引っ掛かりは、私にとっては
何ともイヤな感触のトラウマになったようで
中学も高校も、私は「音楽部」を選択することは
もう二度となかった。

それがどうしたわけか、ほんの一時期だけとは言え、
音楽で身を立てることになった。

しかしそれでも、小5のときのトラウマは全然消えずに
引っ掛かっていて、どれだけ練習して万全を期したにしても、
どこか不安気で、自信の無さというか、自分は本当に
そんな大きなステージに立ったり、レコーディングしたりできる
立場なのだろうか…また突然に...

「君は今回は遠慮しなさい…理由は分かってるはずだ!」

と云われるんじゃないだろうか…そんな不安が、ずうっと
残リ続けていたように思うのだ。

あの時の音楽教師は、すでに故人ということで、
理由は既に薮の中…重苦しいドス黒い雲のようなトラウマは、
もうすっきりさっぱり晴れることもない。

まあ、雲一つないピーカン天気なんて、
味気ないじゃないか!
ポカンと雲がいくつか浮かんでた方が
緊張感があるというものだぜ…   

なんてね。



音楽教師との不和(?)の原因かどうかは分からないけれど、
当時の私は、ぼんやりと洋楽が好きになりはじめていた頃で、
もしかすると、叔父から貰ったシングル盤を音楽室で聴いて
叱られた…なんてあったかもしれない(たぶんフランスギャル?)。

意外と当時からへそ曲がりで、皆が好きだって云うモンキーズは
何だか軟弱っぽくて好きじゃなかった。

ビートルズは好きだったけど、叔父がビートルズに関しては
「オマエにはビートルズはまだ早い!」と云いながら、
レコードをちっとも貸してくれないものだから、
本格的にハマるまでにはまだ至ってない。

ある日、商店街のBGMで聴いたこの曲が、死ぬほどカッコいい!
モンキーズなんかよりずっとカッコいい!
これこそロックだぜ!って、生意気にも思うようになって、
自分でレコード(無論シングル盤)を買って、この曲ばかり、
毎日毎日、飽きもせずに聴き続けてたって時期がある。

英語はまだ分からないから、当時の小学生の耳で覚えた
いい加減英語だけれど、後年、歌詞カードを見て唄うよりも
完璧なイントネーションで未だに唄える…(気がする)のだ。

♫どんちゅう うぉんさんばりるらあ
 どーんちゅ にいさんばりるらあ…

あなただけを
Jefferson Airplane - Somebody To Love


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10 Comments

瑠璃絵 says...""
こんばんは
あくなでの素人の私見でしたが
岡目八目って事もありますから・・・
今日の、ただそれだけ
一番難しい表現かも
2016.02.17 19:12 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."瑠璃絵さん まいどです"
岡目八目…???もしかして前々回の写真のことですよね??

ちょっと今回の内容に妙に符合して、驚いちゃいました。

難しい表現...ご承知の通り、仄暗い雪の夕方なんですけど、
雪明かりのせいか?、異様に写真は明るくて、ボンヤリなのにキレがある…
そう感じたものですから…まさしくただそれだけ…おそまつでした。


2016.02.17 19:51 | URL | #- [edit]
ギターマジシャン says..."ウッドストック"
30年近く前、ウッドストックとツェッペリン狂熱のライブの2本立があり、
朝から並んでいたら、「ウッドストックにジェファーソン・エアプレインは、
出ていますかねえ?」と尋ねられて、「映画ではカットかも」と言ったら、
帰ってしまった年配の人がいて、他のバンドに興味ないのか不思議でした。

この映像は、モンタレーのようですが、フィルモアやワイト島も出演し、
やたらライブづいてますが、当時は、どのバンドもそうなのでしょうか?

いつのまにか、ジェファーソン・スターシップ、スターシップと変遷し、
それでいて、単なる改名でないようで、フリードウッドマックなんかは、
バンド名は同じまま、全然別のバンドみたいになったのと、対象的です。
2016.02.18 00:09 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
生まれて初めて、土曜の夜の歌舞伎町に繰り出したんですよ!
少年がやがて大人に…なんてね…実際に向かった先は
オールナイトのロードショーでの「狂熱のライヴ」…。

モンタレーポップフェスティバルは、NHKのヤングミュージックショー
が初見。冒頭、アリスクーパーみたいな風貌の渋谷陽一が出てきて、
「フラワーピープルと呼ばれた時代の観客の幸福そうな表情に注目!」
って云ってましたけど…ラリッてるだけじゃん!なんて思って観てました。

小学生の頃はまだクリームは知らなかったんですけど、
ジェファーソンとヴァニラファッジは、アートロックとかハードロック
といわれた中でも代表格で、ゼッペリンが出てくるまでは、
ヴァニラ流れのカクタスとか、グランドファンク、UFO(!)
それにBeck Olaのジェフベックグループなんてのが花形だったように思います。

Zepが登場すると、それら有象無象が全部初期化されちゃった感じで
つまらなかったですね!。
2016.02.18 00:31 | URL | #- [edit]
NORI says...""
一瞬時が止まったような…雪にピンが合っているのが
とってもドラマティックで好きです(*^-^*)

解けない心の澱、私にもあります。
物理的な解決は出来なくても、その時感じた気持ちにフォーカスすると…
他の事例とも一致してきて、何か発見があるかもしれません。

音楽室で洋楽♪ 好きな音楽は、大音量で聞きたくなりますよね♪
中学の時に音楽の先生にお願いして『交響楽 宇宙戦艦ヤマト(LP)』を
音楽室の音響で聞かせて貰ったことを思い出しました。
なんて…怖いもの知らずだったのでしょう 笑


2016.02.18 02:27 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."NORIさん まいどです"
まったくご明察の通りです。
無限だと、雪が降ってる感じにならなくて
ただモヤモヤするだけなので、何となくの距離感で
手前側の降ってる雪に強引に合わせちゃいました。

色々理由を考えるんですけど、思い当たらないんです。
自分は実はその先生が大好きで尊敬さえしたんですがね。
それだけに何だか「イヤな感じ」が後々まで残って、
尾を引いてしまった感じです。

『交響楽 宇宙戦艦ヤマト(LP)』
高揚感がハンパない感じですね!。
そういえば、低学年の頃は、スーザ・マーチ集「星条旗よ永遠なれ!」
に大興奮していたことを思い出しましたよ。
2016.02.18 03:11 | URL | #- [edit]
mikitaka08 says...""
こんにちは

 これはもっぱらラジオで聴きました。グレイス・スリックの声は当時ジョーン・バエズやPPMのマリー・トラヴァースが好きだった私にとって衝撃でした。
 当時はサンフランシスコのサイケ派などと括られていなかった気がします。(自分が勝手にそう解釈していたかも)
 1981年にUCバークレーに行きましたが、キャンパス内の掲示板やキャンパス近くの大きな古レコード屋にはジェファーソン・エアプレーンのポスター(数種類)が貼られていました。地元ラジオからはマイケル、ポリス、シカゴが流れ、ジェファーソン・エアプレーンはほとんど聴かなかった。でも、レコード屋ではジェファーソン・エアプレーンが絶大な存在感を示していた、不思議な現象を覚えています。
ちなみに私はこのドーナツ盤を数年前に、今はつぶれた地元のリサイクルショップでタダ同然で見つけて狂喜しました。
 いつ聴いても、何度聴いても”どーんちゅ にいさんばりるらあ…”、しばらくは耳に残りますね。
 最近耳鳴りがひどいのですが、これで治るかも?


 
2016.02.18 12:24 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."mikitaka08さん 毎度です"
小学生の耳にもね、エアプレーンのサウンドは新鮮で華やかでしたが、
自分的にはスパイダースの方が視覚的に遥かにサイケでしたね。
あっと驚くタメゴロウ…。

81年頃の西海岸ベイエリアは、日本人的にはサーファー的な軽薄文化の
アイコンでしたけど、地元民のスピリット的には
やっぱりサイケ&ヒッピーの強い誇りから、エアプレーンと
グレートフルデッドには特別な想い入れがあるんでしょうね…
っていうか、それを信じたいです。

こう云うのはやっぱり、アルバムとかCDじゃなくて、国内ドーナツ盤で
持っていたいですよね!
そういうコダワリってとってもさ大事だなって思います!

2016.02.18 13:57 | URL | #- [edit]
oyajisann says..."今晩は"
今晩は墓場まで謎?疑問持って行った教師さんの言葉
気になって当然。
政治屋でなくても説明責任果たすべきですね。
ジェフ―ソン、先日ポールさん亡くなりましたね。
私はあなただけをシングル買いましたが、LP購入は
グループ名変更・ML誌5つ星の赤タコでした。
モンキーズ恥ずかしながら当時小学生で私の洋楽の最初
の通り道でした。
後にライノのボックスのライナー、誰が演奏かきちんと
明記には笑えました。
2016.02.18 19:06 | URL | #eTRrWisM [edit]
pipco1980 says..."oyajisannさん まいどです"
長い人生の中には、割り切れないことなど星の数ほど
皆様それぞれに持っておられるのではないかと思われますが、
案外奇麗さっぱり忘れてしまうものだと思います。
しかし三つ子の魂百まで(?)、子供の頃のワダカマリは
一生消えませんから、小学生教師との出会いというのは、
とても重要だと思いますね。

私も、ライノ・ハンドメイドの5枚組の初期ボックス、
+オリジナル年代の残り3枚くらいを所有ですが、
それで充分かな!?って思ってます。
70年代以後はあんまり...って感じですかね。

2016.02.18 23:37 | URL | #- [edit]

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