ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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なんちゃって人生は苦しいのだ

DSC04384s1
Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35

秋田公立美術大学...

そこがアートスクールなら、
こちらもアートな気分で
いつになく影の角度なんかを気にしてみる…。

あくまでも、なんちゃってアート…
まるで自分の人生そのものだなあ。

結局、自分の好きな音楽ではなく、
セッション系...と云えば聞こえは良いが
早い話が「歌伴ギタリスト」で
生計をたてることになるのだが、
ここで最低限必須になるのが
「読譜力」と「ジャズ力」。

無論どちらも急ごしらえの
ナンチャって読譜力に
ナンチャってなりきりジャズギタリスト。

ナンチャってとは言うものの、3ヶ月くらい
様々なプロフェッショナルに教えを乞いながらも
初見(読譜)もジャズの基本も習得…
我ながら恐ろしいくらいの集中力!

とは言え、所詮哀しい「なんちゃって」…。
メッキはすぐに禿げ、薄っぺらさは簡単に露呈。
そのせいで、いろいろと精神的に追い込まれる。
最後は息苦しくなって、早すぎる決断で「引退」。

サラリーマンに転身した。

ここでも大した能力も持ち合わせないのに、
たまたま担当したカスタマーが、みるみる急成長!
私はすぐに特命セクションを持つことになって、部下が5人…。
しかも強烈な個性の、どこのセクションでも
はみ出しキャラクターの5人衆。

奴らは、私の指示なんかほとんど聞いちゃあくれなかったが、
何故だか気が合うし、しかも結果オーライながら、
セクションは大躍進。

2年経ち3年経つと、5人は30人、50人となって
やがては自分のセクションが会社の主軸になり、
私は課長も部長もスッ飛ばして、あろう事か
取締役の執行役員…ということになっていた。

まったく自分の性格にはそぐわない状況である。

あまり得意じゃない分野の「財務諸表」と首っ引きで
必死になって分析して「経営指標」なんてのを作成して、
会社のさほど楽観的ではない有り様を提示したら、
上席役員に叱られた。

株主と経営陣に夢と希望を与えることこそが、
今のオマエの仕事とわきまえろ!…。

5人とコソコソと隙間を見つけては入り込んで、
微々たる利益を出しては喜び、讃え合った時代が
懐かしく思えたけれど、もう時間は逆戻りしない。

自分本来の能力を遥かに凌ぐ自分の虚像が、
過ぎたる役職を勝手に纏いながら、
のっしのっしと歩き始める。
本来の自分自身ではない自分が、
もはや制御できない怪物みたいな、
そんな感じになってしまった。

もう取締役なんてイヤだ…夢なら覚めてくれ!

ほどなく、上の方の、金を実際に動かす連中が
何やらとてつもない失態をやらかしたらしい。
そこにハイエナのような金融機関の連中が
取り憑いた結果、会社は呆気なく破綻した。

平取締役だった私も、少しばかりの財産を失ったが、
破産は免れた。

気がつけば、系列の副社長…とは名ばかりの
ドブサライの汚れ役…。

「器用に渡ったね...」

とイヤミを云われたこともあるが、
実際には間違いなく、またしてもナンチャっての、
馬鹿げた負のスパイラルに相違なかったのである…(未完)。



楽典とジャズの指南書にどっぷりと浸かっていた時期、
無料で先生を買って出てくれた先輩ジャズ屋さん(東京芸大卒のSax吹き)に、
徹底的に叩き込まれたのがスタンダードジャズと
ジョーパスやジムホールの研究…。
これが実は一番しんどかった!。

そんな状況も少し見通しが立った頃、先輩がこの曲のテープを
私に聴かせ、「今のオマエさんなら、軽く弾けるだろう!」
と言った。けっして軽くはなかったが、久しぶりに演奏するのが
愉しいと思えた曲だったな。

オリジナル音源はメセニーとパストリアスの鬼才コンビ!だったが、
後年、この「リチャード・ボナ」に随分とハマって、
何度もブルーノート東京に出掛ける羽目になってたように思う。
Bright Size Life


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5 Comments

ギターマジシャン says..."ECM"
79年にメセニーやギスモンティなどECMのギタリストが揃って来日して、
1300円のベスト盤が何枚か出たので、ギタリスト編とメセニーを買って、
とにかくメセニーは、こんなにきれいな音を出す人がいるのかと驚きでした。

メセニーというとライル・メイズは欠かせないし、オーネット・コールマンの、
リズム隊、チャーリーヘイデン、ジャック・ジョネットとの共演が印象的で、
メセニーグループのリズム隊は、気に留めてなかったのですが、デビュー時の、
ジャコとの共演を彷彿させるリチャード・ボナとの共演まであったのですね。

ジャズの勉強の件、自分はピンクレディのバックバンドに入るには、読譜と、
ジャズ理論を覚えないといけないと思って、ジャズギター教室に通いまして、
バークリー教本で基礎テクニックを鍛えたり、ジョーパス、ジムホールに、
ウエス・モンゴメリーの研究もしましたが、本当に演奏したいのは、別で、
ベック、カールトン、ディメオラ、イングヴェイというロック寄りでした。
2016.02.21 22:26 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
私がジャズの勉強をした時は、もう既にプロになっちゃってまして、
先日もお伝えしたような「専属」はあったんですが、
それとは別にジャズの人たちとお仕事バンドを組み始めていて、
職域を広げる為に必要ってことで勉強を始めたわけで、
同時に当時「ペンタトニックしか弾けないくせに!」って云われるのが
とてもイヤだったこともあって「ナニクソー」って気持ちでしたかね。

初見に関しては、ラジオで渡辺香津美に教えてもらった方法が
意外に効果的でしたね。
「ギターのフレット上の、例えばFならば、すべてのFを低い方からFFFF…
と立て続けに弾いてゆき、音階の位置をカラダで覚え込ませる!」
みごとにこの方法が功を奏しましたね。譜面をみて鼻歌が唄えるようになると、
もう自然に指で弾けるようになってました….引退して10年経って、また
弾き出したときは、もはや全然読めなくなってましたけどね!。

メセニーは実はあんまり得意じゃなくて、ギターはうまいけど…...
って云うのが総じて苦手なんですけど、むしろご指摘のようなサポートメンバーが
魅力的で聴いてたように思います。この曲も昔はともかく、今はベースしか
耳に入ってきませんから...。



2016.02.22 00:10 | URL | #- [edit]
瑠璃絵 says...""
おー影の角度ですか、良いじゃないですか

まー私も「なーんちゃって」人生を
歩いた人間かも
でも、最近読んだ本に深く感銘し、ちょっと
生き方を変え、さらに「なーんちゃって」で
生きて行くことにしました。
著者の先生は「なーんちゃって」とは言って無いけど
人間の身体そのものが「いいかげん」に出来てるから
「いいかげん」に生きた方が良いと言ってます
「なーんちゃって」も「いいかげん」も
同じカテゴリー? そんなとこです
2016.02.22 14:03 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."瑠璃絵さん まいどです"
こんにちは

確かに「いいかげん」かも。「良い加減」ならもっと良いんですけどね。

大した計画性もなく、行き当たりばったりで生きてたら、
ふと気がつけば、自分が最も苦手な、社会のるつぼみたいなところの
まっただ中で溺れそうになって喘いでる…
アマゾン上流のジャングルで日本人は自分一人な中で、
「なんでこんなところまで来ちまったんだろう…?」
なんて思うこともシバシバでありましたよ!。
まあ自業自得ですけどね…。
2016.02.22 17:23 | URL | #- [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016.02.24 20:40 | | # [edit]

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