ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
MENU

命日の夢想

DSC02953s1.jpg
Jupiter9 8.5cm/2(U.S.S.R.-1957)

本日は、父の17回忌。朝から寺へ。

今年は昭和でいうと91年…
つまり昭和91年ということになるのだそうで、
だとすれば父も、生きていれば91歳ということになる…。

父は、北の果ての秋田にあっては、あまりにも
秋田弁が不自然で、酒は一滴も呑めず、
それゆえ友達も殆ど居なかった。

ごくごく普通に頑固で寡黙な昔気質で、
真面目以外に概して面白味もなく、
喜怒哀楽もあまり表には出さないような無骨の人。

本人はあまり語らなかったが、それでもナカナカ
壮絶な青春時代を過ごしている。

そして長いこと謎だったのが、
20歳から25歳くらいまでの空白…。

実は最近、菩提寺の住職にその間の経緯を
初めて明かされ、知ることになるのだ。

東京生まれで横浜育ちの父が19歳の時に、
既に亡き父(私の祖父)の本籍地なだけの
兵庫県加古川市に招集され、フィリピン戦線に向うべく
鹿児島で輸送船を待つのだが、既に太平洋戦争最末期、
途中で沖縄戦線行きに変更されるものの、
船はことごとく米軍の攻撃で殲滅され、
結局鹿児島待機中に終戦。

徴兵検査の時、前年に非業の死を遂げた父の父、
その事情を知る検査官は、父をあえて失格にする
手筈となっていたらしい。

ある意味、父もまたプロレタリアートな「不穏分子」..
と見なされていたのかもしれない。

しかし祖父の生きてきた大正デモクラシーの時代と
父が過ごした軍国日本では、やはり思想も違ってくる…。
父は「お国のため」と、検査合格を懇願したらしい。

大混乱のさなかに、列車を乗り継ぎ、帰京したが、
家は東京大空襲で消失していた。

そして父の歴史は、不意に5年ほど飛んで、
唐突に秋田の会社に技師として就職し、やがて結婚する…。

ここからが住職の話...

父が、鹿児島から、大混乱の中、途中広島で
土木工事の手伝いなどしながら、半年掛けて東京に戻った
その間に、結核を煩ったらしく、そこで唐突だが、
縁者を頼って、秋田県のサナトリウムにいたらしい。

生前の父に私は何度も、「なぜ秋田へ?」
という疑問を投げかけたのだが、
父はいつも、はぐらかすように、
「だって秋田は米がおいしいから…たらふく食えるし」
そんな感じだった。

本当に結核だったのか、今となっては被爆?という推測も
成り立つけれど、それはもう薮の中…いずれにせよ、
最後は肺気腫だったから、やはり肺に弱点を抱えていたのは
間違いないところだ…。

命日くらいは、故人の生き様に思いを馳せるというのも
大切なことだろうと思うのだが、はたして自分のこの
他愛ない人生に思いを馳せてくれる人など居るのだろうか?

居ないなあ…まあ、仕方ないね…である。



高校に入ってすぐに仲良くなったT君は、
それまで私の周りには居なかった生粋の
「アメリカンロック好き」。

最初の会話が確か「CSN&Y」の中で誰が好きだい?
と聴いてくるので、

「もちろんニールヤングさ」って答えると、T君は

「それは狡い!そう言うときは、ニールヤング以外ならダレソレ!
 そう答えるのが正しい、で…誰が好き?」というので

「ニールヤング以外なら…スティルスかな…」と答えると、

「君は見込みがあるね。センスがいい。」

後で知るのが、彼は誰よりもスティーブン・スティルスが好きで、
殆どスティルス周辺に人生を捧げちゃってる感じで、
彼の新グループ「マナサス」への熱狂は本当に凄まじかった…
以後、彼ほどの熱烈なスティルスファン、いや彼ほどの生粋の
アメリカンロック好きには会ったことがない…。

なにしろこの周辺、アメリカンフライヤーやら、エリック・ジャスティン・カズ、
ジョン・サイモン、ジェシ・ウィンチェスター、ジェシ・コリン・ヤング、
ボビー・チャールズ、ロッド・テーラー、エリック・アンダーセン、J.D.サウザー
そしてザ・バンド周辺...
まさに生き字引、知らないことはなかったなあ…。

強烈なブリティッシュオタクもその後現れるから、
自分って人間は、そう言う人達との関係性で成り立ってんだなあと
あらためて思うのだ。

今どうしているかは全く知らないけれど、
今、急激に彼に会いたくなったなT君…。
Manassas - It Doesn't Matter


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ
スポンサーサイト

14 Comments

mikitaka08 says...""
こんばんは

 高校生がCSN&Y談義、いいですねエ。

 今の中高生にこんな場面があるのでしょうか。
ましてやマナサスファンの高校生がいたなんて、私の想像を超えますね。

 北海道のCSN&Yファンはなぜか東部に多かったです。リサイクルショップのレコードコーナーを分析してわかった極極私的、独断的でマイナーな情報ですが。
 スティーブン・スティルス、いいですね。
 いつもはレコードでしか聴かないのですが、映像を見るのもいいです。
2016.05.09 00:13 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."mikitaka08さん まいどです"
おばんです

マナサスに(話題が)行くってのは、この時代ならではでしょうね。
正直言うと、絶対にスティルスって言うわけじゃあなくて、ナッシュでも
クロスビーでも良かったんですけど、なんとなくスティルスがマニアックかな?
って思ったんでしょうね、しっかりツボにハマってしまいました。
他にも、レイドバックしたクラプトンとか、イーグルスとか、
ほんの一時ですけど、アメリカンロック全盛な時代でしたね。
2016.05.09 00:49 | URL | #- [edit]
NORI says...""
居ます よ
2016.05.09 02:42 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."NORIさん まいどです"
どうなんしょ…ねえ...?
2016.05.09 09:04 | URL | #- [edit]
yuccalina says...""
毎度です。
お父様は秋田の方じゃなかったんですね。
幼少の頃、父の実家に行くと祖父母と直接の会話は成り立たなかったのを思い出しました。いつも従兄が通訳してくれました。ってその通訳もまたなまってはいたのですがが、祖父母の秋田弁は完全に外国語でしたわ。お父様は苦労されたでしょうね。
ところで、スティルスってアスペの息子がいて、自閉症の啓蒙活動をやってたりするんですよねえ。なので勝手に親近感持ってたりします。
2016.05.09 11:32 | URL | #mpJuQrsI [edit]
pipco1980 says..."yuccalinaさん まいどです"
そんな父の家庭なもので、私も当然秋田弁は苦手で、
母方の祖父母とはコミュニケーションがブレークダウンでありました。
でもって、35年も東京にいたせいで、今また….。
でも父よりはまだマシかな….っと。

ニールヤングは、そもそもその当人ですけど、何度か来日公演でも
観てますが、凄いヴァイタリティ!。
気の知れた仲間と一生涯、深くて強い絆で結ばれている….
もしかしたらそれこそが最高の幸福かもしれないなあと思わされます。


2016.05.09 14:01 | URL | #- [edit]
oyajisann says..."CSN&Y"
CSN&Yとの遭遇は当時中一で初日に観賞した映画ウッドストックと3枚組
サントラそしてウッドストックのシングル。
セカンドアルバムはML誌で5つ星、その頃からML誌巻末コーナーで禿げと
ゴリラで登場だったかな?
スティルスのファーストソロも5つ星、名曲愛への讃歌が1曲目友人宅で擦り
切れる程聴きました。
CS&N願わくばCSN&Yで全盛期?に来日してほしかったです。
しかしニールは現役バリバリ、アーカイヴも含めて怒涛のリリース凄いです。
2016.05.09 18:26 | URL | #eTRrWisM [edit]
ギターマジシャン says..."スティーブン・スティルス"
77年にツェッペリンと2本立で見たウッドストックに、CS&Nが登場して、
曲を聴きましたが、すでにヤングも一緒にいたのだと、あとで知りました。

スティルスとヤングはバッファローからのつきあいなのに、喧嘩別れして、
CSN&YからYが消えたかと思うと、二人だけでアルバムを作ったりと、
仲が良いのか、悪いのか、ジョンとポールみたいなものなのでしょうか?

CDの時代に、デジャブを買い、その完璧なハーモニーに驚くとともに、
けっこうエレキギターが活躍するのにも、びっくり、よくよく考えれば、
マイク・ブルームフィールドの代役を務めたこともあったのですよね。

例によって、マナサスとマクサスを混同していた自分ですが、マナサスは、
こんなにカントリー調というか、ペダルスティールが活躍するバンドとは。

2016.05.09 19:07 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."oyajisannさん 毎度です"
恥ずかしながら白状すると、バッファローの曲自体は古くから
認知してたんですが、それとスティルスとかニールヤングとは結びつかず、
実は「小さな恋のメロディ」のティーチユアチルドレン が最初だったように
思います….恥ずかし!。

で、CSN&Yは、セールス的にもスペシャルなグループなのは間違いないにしても
音楽的に「マナサス」はやっぱり特筆すべきバンドだったように思います。
カントリーからラテンまでどん欲に取り込んだデビュー作は、今でも重要な
アルバムだと思います…MLのノリだと星が付かないでしょうけど….。
2016.05.09 19:35 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
その同級生のアメリカンロック愛好家の彼に言わせると、
スティルスをCSN&Yで語ってはいけない!マナサスで語るべき!!
って言い張ってましたね。よくよく考えてみると、ニールヤングを
今、いちいち元CSN&Yだのバッファローだので語る人など居ないわけで、
彼の言い分はある意味正解だったように思います。

ジョンも生きてくれてさえいれば、ビートルズ…は、もう不要だったかも
知れません。

因みに彼の長男のクリススティルスも数枚のアルバムを出す
ミュージシャンですが、子供の頃、家にあったオヤジのギターが
いわゆるスティルスチューニングって言う変則チューニングされたもの
ばかりだったので、それがレギュラーと思い込みギターを覚えてしまったから
彼のギターサウンドは当然オヤジそっくりになっちゃってて笑えます!
2016.05.09 19:49 | URL | #- [edit]
バニーマン says...""
CSN&Yはベスト盤か何か、レコードを一枚持っていますが、
「小さな恋のメロディ」のティーチ・ユア・チルドレンのために
買ったような記憶がある不純なレコードです(^_^;)

ニールのハーヴェストはよく聴きましたが、CSN&Yはそれほど
聴き込みませんでしたね・・・。

僕が中学のとき(だと思う)に、CS&Nが再結成して、スーパーグループの復活と大騒ぎだったのですが、僕は???という状態でした(笑)
2016.05.09 19:57 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."バニーマンさん まいどです"
ご明察の通り、CSNまたは&Yが、今更何かをなし得るなんて
考えられませんから、「???」は実に聡明な判断と思います。

全部がスティルスの「夢」...そんな気もします。
ナッシュとクロスビーは失礼ながら、まあ愉しくやってなさい!程度で、
グループのあらゆるプレッシャーや責任は全てスティルスにあって、
然るに喧嘩別れしたニールに頭を下げ、力を貸してもらった….
そんな感じで、もはやCSN自体、その後のスティルスには何の意味も
ないように思いますね。
2016.05.09 20:58 | URL | #- [edit]
瑠璃絵 says...""
こんにちは
私も今年2月、父の17回忌
義母の13回忌をしました
17年(16年)なんて
あっと言う間ですね
あと17年たったら、私は手を合わせられる
立場になっていると思われます。
2016.05.10 13:46 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."瑠璃絵さん まいどです"
おばんです。
そうですね…私の場合、偶然のタイミングなんですが、父の死と、
私の迷走の始まりが丁度同じ頃なので、長いような短いような….
なんとも悲喜交々であります。
まあ年々オヤジの歳に近付くわけですけど、それだけがちょっと
辛いですね。
2016.05.10 19:05 | URL | #- [edit]

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://pipco1980.blog.fc2.com/tb.php/724-a5b3e902
該当の記事は見つかりませんでした。