ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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はじまりのはじまり

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Kern SWITAR 25mm/f1.4

この時期お約束のアジサイ…。

一応自分が「ボケ中年!」として
徘徊(?)して周っている範囲で
ベスト3に入る美人...の中のひとつ…。
そういうわけで、あと2つあるのだが…。
それはまた、おいおいと…。



まだ自分が、ナニモノでもない、
ただの貧乏学生だった頃、
学生バンドの仲間にたまたま誘われて、
新潟・越後湯沢のスキー場での「歌謡ショー」の
PA(ステージ音響)のアルバイトにかり出されていた。

まだ薄暗い早朝から、虚仮威しとしか思えないような
巨大スピーカーやら、その上に積み重ねて乗っける
各種ホーン型スピーカー、漬け物石のように、
見かけより異様に重たいパワーアンプ群(モノラル)
などを、延々3時間くらいかけて搬入し、
そのまま休憩もせずにセッティング開始…。

さて、マイクチェックでもと云う頃には
既に午後になっていて、バンドマン達や、
タレント達(その日は4組)とそのマネージャーやら
そのお付きの人々などが、「おはようございま~す」
と、到着し始める。

いよいよリハーサル開始…というところで事件が起こった。

バンドのベーシストが到着してない…。

やがて、同日早朝に、ベーシストの彼は池袋署に
しょっぴかれたと判明する…。
たぶん…いけない葉っぱ??

すると既にベテランバイトの学生バンド仲間が
軽く云うのだ。

「あっ、彼…ベース…へっちゃらっスよ…なっ!」

「お…俺かい?無理無理無理…へ音記号ムリ!」

「時間あるんだからさあ、譜面に鉛筆でコードふればいいじゃん」

結局そのコードをふる暇もないほど慌ただしく、
そのままリハーサルに突入…
前代未聞の無茶苦茶な演奏に自己嫌悪に陥るが、
どうやらその場的には?誤摩化しきれたらしい。

圧巻だったのは、リハの後、まだ誰もいない
客席最前列に座って、私はヘ音記号のベース譜に
シコシコとコードネームをふりつつ、
さっき分からなかった部分などをチェックしていると、
出演の、テレビや雑誌でよく見掛ける、
ほとんど同世代のアイドル歌手や
アイドルグループのきれいなオネーチャン達が、
次々に私のところにやって来て、励ましの言葉と、
譜面の大事なキメの部分とか、「こういう感じ!」と、
耳元で唄ってくれたりするのだ。

そして全てが無事に終わり、大宴会の打ち上げに突入すると、
私はどういうわけか、本物のスターさんを凌ぐスター扱い!…。
(イジラレテルだけなんだろうが…)

普段はとっても地味で、ただただいつも空腹なだけの
貧乏学生の私にとって、何だか心がとっても動いた瞬間である。

バンドマンって、とっても愉快で楽しい仕事なんじゃないか??
って、その時完全に勘違いしはじめたのである。

実はそのままコーラスも出来るベーシストとして、
そのバンドに参加?(=月給18万+バイト可)というお話も
いただいていたのだが、結局その時点では、
まだ初見が利かないとか、ジャズスタンダードを暗譜してないとかで、
即戦力ではないとされ、加入するにはいたらなかったのだが、
その時に出来た薄い人脈から、ギターにベースに、
ちょこちょことお声をかけていただくようになるのだ。

しばらくして、これも殆ど偶然に、デビュー直前の
ニューミュージック系女性歌手(今も現役)の
デモテープ録音に、ギターで参加することになって、
そのまま意気投合…そのバックバンドに参加…
ここから本格的に私のバンドマン生活が始まるのだった。

やがて、次にデビューするっていう新人歌手の
社内プレゼンに何故か呼ばれた。

今はもう往時の勢いはなくなったが、
その頃はまだ、原宿にあった会社直営の
音楽学校の一番広いレッスン室に集まった、
息も詰まるくらいにたくさんの社員達に混じり、
私は一番後ろの列で、その新人の歌を聴いていた。

…16歳か…?
凄い声量と、天性の黒っぽいグルーヴ感覚!
半端な才能じゃないな…
心の中でそう思って感心していた矢先、
その小娘のマネージャーーが
つかつかと私に近付いてきた…。

「君のギターに注目してた…アイツも是非君に…と言ってる」

「ただしまだ予算が取れないから、専属バンドはなくて
 君ひとりだけ…??」

「基本は既成のバンドを随時使うが、
 君が都度そこに加わって、バンマスとして必要な指示を
 行なうなどして、限られた時間、環境の中で、
 最良のサウンドを、提供するように心掛けて欲しい」

「単独のコンサートの場合は、君がバンドを選ぶなり
 任命するなり、全権委任する」

実は、その時点では、前のバンドをクビになったばかり…。
(バックバンドをビジュアル系!?に変更されてしまった(笑!)

本当は、この辺りで音楽に見切りを付けて、
相当にヤバいことになっていた
学校に戻ろうかな…とも考えていたのだが、
ここらが人生の大きな転機なのだな…さあどうする?
そう自覚せざるをえないのだった。



確か彼女の4枚目のシングル。

彼女の念願が叶って「山下達郎さんに楽曲を発注したよ!」って
とっても喜んでいたのだが、何故かご当人多忙中だったのか?
達郎さんの当時のバンドのギタリストの椎名和夫さんが
ボスの代理?で書いた曲。

無茶苦茶難解な、2階建ての連立方程式みたいな
テンションコードが1拍ずつ変化する、
まさにモダンジャズみたいな譜面に、
最初はすっかり青ざめる私であった…。

恋のウォーミングアップ


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4 Comments

ギターマジシャン says..."椎名和夫"
普通の女の子に戻ったMちゃんは、自分たちのコーラスをアレンジしたり、
音楽理論にも長けていたという話を聞いた事があり、当時のアイドルには、
バックバンドの新人さんに、アドバイスする実力派もいたのでしょうね。

椎名和夫は、山下達郎バンドが有名で、レコードでのソロも多いのですが、
自分は、井上陽水のライブで「なぜか上海」を弾いたのがベストプレイで、
おそらく335にコンプを通したのでしょうが、音色もすごく好きです。

この大瀧裕子の曲は、アレンジは、まんま達郎ですし、メロや歌い方が、
吉田美奈子に近いように感じて、このまま達郎一派に入れたような気が。
(一時、ユーミンのツアーのバックボーカルで、びっくりしました)
2016.06.21 20:55 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
達郎さんじゃないですが、近頃、YouTubeでジャンク フジヤマ氏の
バンドでコーラスしてる彼女の姿を見掛けましたよ!

あの事務所のタレントさん達は、創業社長(故人)の当初からの
方針で、楽典からしっかり授業を受けさせられますし、ヴォイトレも
しつこいくらいヤラされますから、音楽的にしっかりした人が多いというのは
紛れもない事実です。

私はこの少しあとに、やっと買えた335を、呆気なく盗まれてしまうんですが、
次は中古のシンラインを 購入して使うことになるんです。
当然これは、椎名氏の影響… なのでありました…。
2016.06.21 22:28 | URL | #- [edit]
瑠璃絵 says...""
流石
被写体が良いのか、腕が良いのか
カメラが良いのか・全部ですね
惚れました
2016.06.22 20:37 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."瑠璃絵さん まいどです"
Cマウントっていう1950年代の16mmムービーカメラのレンズ…
まさにヌーヴェルバーグで個性的な写りを、自ずから期待するんですが、
普通にキレイに写ってました….!?被写体が良かったんでしょうね。
2016.06.22 22:03 | URL | #- [edit]

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