ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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プカプカのスパスパ

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

今思えば、これまで生きてきた年月の大半…
もしかすると狂気を帯びていたんじゃないか?
とさえ思えるほど、私は度を越した

「ヘヴィ・スモーカー」。

オフィスにいるときは、一日の殆どが電話中、
または会議中か商談中だから、そんな日は
オフィスにいる間だけで(苛つきながら)2箱強!。

さらに夜の街に繰り出し(上々の気分で)1箱強…。
それも高ニコチン&高タールでお馴染み
’ドカチンブルー’のハイライト...。

さすがに1日4箱=80本を越えると、翌日朝は
鼻毛が妙に湿っぽくて臭いし、
口内のイヤなゴワゴワ感は、
2度や3度の歯磨きでは改善しない…。

そんな調子で、時と場所を選ばず吸い続け、
最後の十年間は、さすがに禁煙ブームが
世の中に浸透して、ソコカシコでは吸えなくなった
ものだから、出掛けた先でまず最初にすることが、

「喫煙場所を確認また確保しておくこと」

出先の相手先会社様にとっての自分は、
わりとプライムでVIPなゲストだと思うのだが、
真冬の大雪の日だろうと、土砂降りの雨の日だろうと、
喫煙所は、雨が吹き込む、誰もが分け隔てなく平等な
非常階段の踊り場であり、ビルの裏口の
ボーフラが湧いてそうなドブの畔のベンチで
その会社のアルバイト学生や、請負の職人さん達と一緒…。

まあその折には、その会社への不平不満とか、
内部だけが知る公然の秘密など、なかなかに有益な情報が
採れたりすることもあるから、悪いことばかりではないものの、
やはり喫煙者は、人間扱いされないのだなあと自覚するのだ。

40代の終わり頃、仕事中に頭をぶつけて、その圧力から
触れてないはずの額がパカッと割れた!。

怪我自体は大したことなかったのだが、場所が場所だけに、
精密検査を受けた方が良いということで、脳神経外科なる
医院に初めて足を運ぶと、衝撃による脳への影響は見当たらないが、
脳梗塞の兆候が微小ながら見受けられるから、注意されたし…
といわれた。

私は、なにしろさっさと診察を済ませて帰りたいものだから、

「はい、注意します、します...」と、言ったのだが、

一緒のいた家人が、納得せず、なおも医師に食い下がる...

「どう注意するのか?」
「具体的な方策を示して欲しい」

医師は、少し呆れた風な口調で言った。

「まずは、ご主人のワイシャツの、その胸ポケットに忍ばせてる
 怪しげなモノ…それを今すぐ捨てさせなさい!まずはそこからです」

さて私はそこで素直に禁煙に応じるわけもなく、
さりとて堂々と家人の前で吸うでもなく、
何となく隠れて「ホタル族」と化して、コソコソ
吸い続けているうちに、数年のうちに
何の前触れもなく急に、ひどい目眩のスイッチが入って、
ヨタヨタと、それでも「くわえ煙草」をしながら
(これが人生最後の1本となる)
救急外来に行くと、もはや大変なことになっていて
翌日、何故だか心臓の緊急手術…。

心臓?…は順調に快方に向かったのだが、
そもそもの激しい3次元な目眩は(重力の方向すら分からなくなる?)、
一向に改善せず、一時は血圧がほぼなくなり、危篤状態…という
酷い状況にまで発展するのだが…
まあ…なんやらかんやら、今に至っているわけだ。

生まれ変わっても「喫煙するか?」と聴かれたら
たぶん自分は大馬鹿にも「する!」と答えるだろう。

良くも悪くも…いや、悪くも悪くも…
喫煙は自分の人生の重要な1コマに違いないのだから…
それを否定することは出来ない。

それでも、30歳前には、やめておくべきだったな…
せめて結婚とか子供とか、そういう機会に、
意志を強くしておくべきだった…
今はホントにそう思う。



Peter Hammillを意識して聴き始めたのは、実は自分としては
不覚にもとても遅くて、Robert Frippの初ソロアルバム
「Exposure」に彼が参加した、たしか「Chicago」って曲で
見事な声を聴かせてくれたその時からのお付き合い(?)
ということになる。

もちろんボンヤリと彼の「ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター」の
レコードは高校時代に既に聴いていた。

中学時代からプログレ少年だった私だが、高校生になる頃には
心の支えのキングクリムゾンは解散、ピンクフロイドは急速に俗化!
などで、次の心のよりどころを必死で捜すため、ジェネシスだの
ジェントルジャイアントだのゴングだのユーロプログレまで
片っ端から聴き捲ったのだが、その中に確かにヴァンダーグラーフも
あったのだが、そのときは何故だか不覚にも強烈に引っ掛かるものが
なかったようだ。(結局、その時からFRANK ZAPPAにハマった)

それが、79年のフリップのアルバムをきっかけに、
コンスタントにアルバムをリリースしてくれていたハミルと、
ヴァンダーグラーフの旧譜を遡り、いつものように急激に
ではなくて、ゆっくりと少しずつ、時間をかけて
攻略してゆくことになった。

だから強烈に好き好き…というより、
じんわり好き…そんな感じ。

来日公演は、別々の年に、たぶん3回は足を運んでいる。

いつ頃だったかすっかり忘れたが、新宿のライブハウス、
客も50人ほどだったこともある…。

それでも、R.フリップに、最後はクリムゾンに迎えたい
理想のヴォーカリストで偉大な詩人と言わしめ、
ピーターガブリエルには、「心の師匠」と言われた
我らがピーターハミル…!

今年も来日してるようだが…行きたいなあ…
来ないかな、秋田!。
50人すら、集める自信は全然無いけどね。

曲はヴァンダーグラーフ、1970年のデビューアルバム
「The Least We Do In Wave to Each Other’精神交遊’」から
「Refugees」因みに意味は「難民」…。

Van Der Graaf Generator - Refugees


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4 Comments

ギターマジシャン says..."ピーターハミル"
この曲は、初期のクリムゾンやジェネシスのようで、古き良きプログレの音で、
フルートがいるというだけで、PFMにも似ているように思えてきますが、
ケイデンスのクリムゾンが、サウンド的にもすごく同じ路線に聴こえます。

以前教わったハミルの「ラブソングス」は、ガブルエルやロキシーのようで、
逆説的に、アランパーソンズプロジェクトも、元はプログレかと気づきます。
2016.07.01 20:54 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
まあ、クリムゾン、ジェネシス、ヴァンダーグラーフ共に
同じ頃のデビューですしね、サウンドの完成度はやはりクリムゾンが
抜きん出てたように思えますけど、国によって評価はまちまちのようで、
イタリアなどでは、ピーターハミルは「神」なんだそうですが
我らが日本じゃまったく無名!その日本ではまともにジェネシスも
ヴァンダーグラーフも発売されなかったり、殆ど宣伝もされなかったり、
稚拙すぎる評論家に無視され続けてたり….。

そういうことに気付くか、そのまま他人が良いというものを
鵜呑みにするか?で、随分と音楽の楽しみ方が変わってくるわけです。



2016.07.01 22:24 | URL | #- [edit]
天安 says...""
久しぶりに入らせてもらいました。
げんきでやってらっしゃいますね。
このところ、どうもあちらの世界に旅立たれたという
消息が複数個はいってきたりして、
ちょっとしょげてました。
アキタのピプコさんのブログを見て、また元気をとり戻り、、、^

たばこはなんともわからないものですよね。
105歳まで快調に吸いつづけて、
次の日に静かに旅立つ、なんて人も
今わたしの近くに実在してます。(ました)。

夏の暑さに負けず、元気にお過ごしください。 韓国より。

2016.07.10 09:28 | URL | #Hzotv27w [edit]
pipco1980 says..."天安さん まいどです"
こんにちは

今にして思えば、よくぞいままで生きて来れたなあと思いますが、
何はともあれ生きてます。

韓国も暑いでしょうね。ご自愛ください。

2016.07.10 15:38 | URL | #- [edit]

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