ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
MENU

はじまりのおわり

DSC00472あ
Carl Zeiss Jena 'Pancolor' 1.8/50 (Early-1970's)

1960年代なら、SF作品などから得た魅惑の言葉…

「電子計算機」。

70年代になるとその言い方がすこし変わって

「コンピューター」…。
「コンピュータ」ではなく「コンピューター」。

いつしか、近い将来、世の中の趨勢はすべてこの
「コンピューター」というものに支配され、
それに関わる人材は、当然、社会の花形で

勝ち組。

然るに、私は文科系なのになぜか

理工学部…

元々、国立文系志望だったから、受験勉強は、
苦手の理数攻略に終始…。

この方策は結果的に大失敗だったようで、

惨敗。

戦略的には、英、国、社…の私大文系に絞り、
得意科目を徹底的に延ばす対応の方が、
ずっと近道だったわけだが、
もはや後の祭り。

結果、潜り込めたのが、
一校だけ受けたまったく想定外の理工学部。

そこで将来の花形「コンピューター」を
学ぶことになった。

入学早々「電算概論」にて、最初に教えられるのは、
今やイロハのイたる

「デジタルとアナログの相違点…」そして

「ハードウェアとソフトウェアの概念」…。

今じゃあ小学生だって常識的に知ってる事柄。
しかし、その超初歩的概念を、自分はその時初めて、
極めてレアな情報として知るような、そんな時代なのである…。

今の感覚なら、その柔らかいものと固いもの…の
まったく異なる概念の、どちらを選択し、自分は目指すのか…
というところが、まず第一歩となるのだろうが、
学部学科の学習方針は、なにしろハードウェア重視…。

まだマッキントッシュもウィンドウズも存在せず、
何よりOSって概念すら、どれほど浸透していたか分からない。

まずはコンピュータで何をするのか?
そもそもコンピュータの可能性は??
そんな漠然とした、いかにも文科系な疑問に、
技術屋然とした”白衣”の講師陣は
こう応えるのだ….。

何も決まってない分野だからこそ面白いではないか!
君ら世代が今後、コンピュータのグランドデザインを担うのだ。

今なら理解できるけれど、当時は、全然理解できなかったな。
決まってないって何さ!って具合に…。

とはいえ…当時は「BASIC」っていうプログラム言語を使って
入力したプログラムを、カセットテープやレコード(!)に記録し、
それを読み書きして、やっとタスクを実行する。
(まだFDすら存在しないのだから…!)

自分はてっきり、その言語を習得するんだな!
SEっていう単語はまだなかったけれど、プログラムを弄れる
即ちプログラマー…ううむ、いかにも花形っぽくて、
大企業辺りに滑り込んで、わりと派手に稼げそうじゃないか!。

しかし、始まったのは、ただひたすら
小さな電卓を分解しながら、
極めてアナログで電気的な組織を学習し、
中学ぐらいで、うっすら習った記憶がある
フレミングの左手の法則ヨロシク、
電流・磁場・推力(?)...という事は…
ハハン、なるほど…そんな実験ばかり。

小学生の時、ゲルマニウムラジオを作り、
さらにトランジスター1個を使った「一石ラジオ」の制作。
ハンダとペーストが溶ける臭い…そんな愉しかった想い出も、
それが毎日となると、話は大幅に違ってくる…。

夏休みを迎える前に、同じクラスの「出来る奴ら」は、
すでに目の前でパチパチと何やらプログラムして、
スタートレックのシューティングゲームを
誇らしげにプレーしていた。私はただ呆然とそれを眺め、
すでに自分は大きく出遅れ、脱落していることに気がついた…。

そして、早くもバンド活動とアルバイトに逃避し、
埋没しはじめるのだ…。

ああ、一度だけ寄った文学部の棟は、
まるでお花畑のような煌びやかさで、いい臭いがしたなあ…
それに引き換え、ココの汗とハンダと機械油が混じったような
早い話が工場のスエタ臭い…。

ふと、自分の将来は、明るい日の光に満ちた、
ブラインドなんかがあるオフィスで、皆がうらやむ
花形コンピュータープログラマー!!

そんなイメージだったのが、ムムム、もしかして
落伍者の自分の行く末は、一生この機械油臭い
中小企業の工場の片隅で、ドブネズミ色のツナギの作業服に
安全第一のヘルメットを被りつつ、形式の古いコンピュータ
なんかを日がな一日修理して廻るような…

そんなイメージに身震いするのだ。
(今はそれも「ご立派!」って思うけど…)

いづれの御時にか…さぶらひたまひける…

いつしか自分は、川の本流から外れ、
どこに向かうでもなく、虚ろなまなざしで
プカプカ漂流する、寂しい

どぶねずみ…。

そんな惑いの、東京生活1年目…なのであった。



今や、何となく...なかったような事になってるのが、
ダリルホールの初ソロアルバム『Sacred Songs』。

ロバートフリップのプロデュースで、77年に録音完了していたが、
当時人気絶頂になっていたホール&オーツの音楽性とあまりに
かけ離れてるものだから、見事にお蔵入り…。
結局1980年になってやっと発表された。

ちょうど79年にフリップの初ソロアルバム「Exposure」が出て、
その中にダリルホールが数曲参加(当然リードシンガー!)した
ことで、満を持して、77年度作品も発売のタイミングを得た形となった。

「Exposure」の時期、まだまだフリップは過渡期と云うか、
自分のサウンドに確証が持ててない時期だから、このアルバムも
とにかくクリムゾン以後に自分のあらゆる実験の集大成で、
きちんとした形は、再結成クリムゾンまでまだもう少し
時間が必要だったのだろう。

そうしたわけで、ダリルホールにはパンクロックを唄わせたりも
してたから、もはやこの奇怪な「Sacred Songs」に対しても、
リスナー側は「免疫OK?」ってことなのだろうか?

いずれにしても、やはりこれは奇怪なアルバムである。
ココでは辛うじて、ダリルホールチックな曲を上げてみたが、
背後に流れる不気味なフリッパートロニクス…。

79年のExposureでは、ピーターガブリエルの名曲
「Here Comes The Flood」で、やはりピアノ+フリッパートロニクスという形を
再現させているが、オリジナルと云うか、初試みは実に、こちらである…
(Fripp & EnoでのLab.以外では...)。

果たして、明るく健康で佳い子なホール&オーツのファンは、
当時、これをどのように受け止めたのだろうか?

Daryl Hall - Without Tears


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ
スポンサーサイト

10 Comments

yuccalina says...""
こんばんは(^O^)/
ロバート・フリップもホール&オーツも余り興味がなかったんで、全然知らないアルバムなんですけど、マイク・オールドフィールドの『ファミリー・マン』をカバーした理由が分かりました。ダリル・ホールってそっち系の人脈というか趣味もある人だったんだと。
2017.02.11 20:17 | URL | #qhVXTLRM [edit]
oyajisannn says..."今晩は"
>明るく健康で佳い子なホール&オーツのファン・・・私の事?(笑)
4枚のソロの中で一番とっつき難いアルバムである事はたしか=
ホール&オーツとはかけ離れてる。
ソロですからそれもあり、意外と曲と声の間?に違和感なしマッチ
してる気がします。
何を歌ってもソウル好きの青年って感じかな?
「Exposure」は正直聞いた事なく2枚組で再発されてますね。
クリムゾンから一呼吸、実験的作品と言う事ですが・・・?
2017.02.11 20:55 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."yuccalinaさん まいどです"
近年のダリルホールのTVショー「Daryl's House」でも、
きちっと、フリップとの共作'North Star'を再録してましたから、
まんざら忘れ去りたい過去の汚点でもないようです。

フリップの初ソロのダリルホール曲ももっと多数だったようですが、
ホールの事務所の以降で、カット!
ついでに参加はしたものの、デボラハリーも事務所NGでカット….。

ブライアンフェリーがキングクリムゾンのオーディション落選組と
云うのは有名ですけど、(事務所が別バンド=Roxyで契約を謀る)、
グレッグレイクに去られて焦った事務所は、オーディションに現れた
ブレーク直前の「エルトンジョン」を大いに気に入って仮契約。しかし
「あんなカエルを踏みつぶしたような声がクリムゾンにあうわけがないじゃないか…」
というフリップのダメ出しで、違約金受け取って没!。

おもしろ人脈...他にもあるかも…?


2017.02.11 22:27 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."oyajisannさん毎度です"
明るく健康….は、実は私も同じで、結構好きだったりします。

Exposureはアナログマスターとデジタルリマスターの2枚組ですから
ちょっとマニア仕様….しかしそのリマスターの出来が良すぎるので、
2枚組をお薦めせざるをえません….意外にフリップのオッサン、
商売上手かも。

ちなみに、Exposureは、最高のピーガブ!に新しい面(当時)を打ち出した
ピーハミ!も登場し、ベースはレヴィンだし、ドラムはフィルコリ…そしてもちろん
全面的にブライアンイーノ!!...。このままの状態でクリムゾンに突入してもらえたら
どんなに幸福か!?って、当時夢見ましたよ。レヴィンだけ...正解でしたけど…。
2017.02.11 22:45 | URL | #- [edit]
ギターマジシャン says..."ダリルホール"
ホール&オーツとして、あの「プライベートアイズ」は、まだ出ていませんが、
「リッチガール」「ウェイトフォーミー」もヒットしていたから、このバラードとも、
環境音楽ともつかないソロ曲には、おそらく、ファンは戸惑ったでしょうね。

どことなく、ガブリエルが抜けて、フィル・コリンズが主導権を握りながらも、
まだハケットが在籍していた頃のジェネシスに、曲の感じが似ているような。

エクスポージャーは、部屋にUKのポスターを貼っているプログレファンの、
友人が聴かせてくれましたが、アコギ伴奏の歌ものだったような記憶でして、
ジャケットも、フリップのバックに、電車が写っていたと勘違いしてました。
(その時に、マンザネラのアルバムも、聴かされていたのでしょう)
2017.02.12 08:39 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
たぶんこの時代、一番真面目にフリップに向き合ってましたね。
フリップ&イーノに始まって、リーグオブジェントルメンとか、
ボウイにトーキングヘッズ、ローチェスとか色々…それらが
すべて、やがて必ず来る新生クリムゾンへと結実するのだ!!
と信じていたからこそですが、シン・クリムゾンの方は、
巧いけど何故かちっちゃい...トーキングヘッズみたいでしたかね…??

ガブリエル以降のジェネシスは、真面目に聴いた事がないので
分かりませんが、フィルコリンズのモータウン癖なら、何となく分かります。
2017.02.12 09:17 | URL | #- [edit]
バニーマン says...""
こんばんは。

このアルバムが無事発売された当時、ラジオで数曲聴いたのですが、
何故お蔵入りになっていたか分からないくらい普通に?聴くことができました。
かと言って、このアルバム買っていませんけどね・・・(笑)
高校生にとって、これを買うのはちょっと無謀な選択でした。

今、YouTubeで何曲か聴いていますが、やっぱりそんなに編じゃないな~。
アルバムを通して聴くと、???かもしれませんが(^_^;)
2017.02.12 21:38 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."バニーマンさん まいどです"
まあ偉そうに云っても、私、このレコードは昔持ってましたが、
CDは未だに買ってませんから!残念!。

どうしても先にフリップのソロでのダリルホールを聴いちゃってますから、
このアルバムは、さほど驚く感じではなかったですけど、
全然話題にも上がらなかったし、売れなかったんじゃないかなって
思います。フリップのマスターベーション!って云われ方もしてたかなあ….。

スッゲー良いアルバムって、お世辞にも云えないかもしれないけれど、
当時の自分たちは、良い部分を必死に見つけては、やや無理矢理に
納得して楽しんでたような気がしますね。

2017.02.12 22:13 | URL | #- [edit]
面白半分 says...""
後付けで背景を知ったうえで購入したのですが
ダリル・ホール節全開で
なぜお蔵入りだったんだろう、と思いました。

全く違和感なく聴いております。

いきなりフリッパートロ二クスが出てくる部分もなぜか受け入れております。
アルバム全体がフリッパートロ二クスだとちとキツいですが
このぐらいの長さだと割といい。

2017.02.13 21:01 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."面白半分さん まいどです"
私もまあ普通に聴いてましたたけど、やっぱり音圧がいつになく低いし、
得意のソウル節も抑えめで、全体的に体温が低い感じで、
なにかザワついた印象のアルバムであったのは確かだと思います。

フリッパートロニクスは、当時全盛だったソリーナの
暑苦しい音よりは遥かに好ましいのですが、結局ギズモトロンや
E-BOW同様、あまりフォロワーがおらず、一般化しませんでした。
2017.02.13 22:45 | URL | #- [edit]

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://pipco1980.blog.fc2.com/tb.php/838-94186da4
該当の記事は見つかりませんでした。