ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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今は猫派なれども...

DSC08399あ
Leitz ELMAR 5cm/F3.5 (1939)

モノクロ設定のエルマーでは、ピント合わせが至難。
ピタリっとあったら無敵なのだが…。



物心ついた頃から、家には犬が居た。

最初のは黒くて小さな犬。
もちろん雑種。
小熊みたいな風貌だから、名前はクマ…
私が名付けたらしいが、意外にセンスないな...。

そのクマが、突然居なくなった。

当時は、今みたいにリードで繋いで
きっちり管理しながら飼うっていうよりも、
放し飼いというほどではないけれど、
わりと自由で、猫みたいに近所の家で餌を与えられたり、
そこの家で昼寝してたりしながら、
夕方になるといつの間にか帰ってきていて、
我々の夕飯の残飯や、その日のオカズをゴッタ煮にした
アツアツを、ヒーハーしながら食べて犬小屋で寝る…。
そんな感じ。

クマが突然帰ってこなくなったのは、
近所の乾物屋のオッサンによると、犬さらいに捕まって
連れて行かれたらしい。

すぐに犬さらい…つまり保健所に問い合わせてもらったが、
どうやら殺処分されたあとらしい。
首輪してたのに!...まだ幼い私は大きな衝撃を受けた。

やがて始まる「1964 東京オリンピック」を前に、
日本全国一斉に「野犬狩り」を徹底せよ!との号令が、
我々の住む北の果ての保健所にも下ったらしい。

以後、あまり野犬の群れを、街ナカで見掛ける事は
なくなったように思う。

同時に犬はキチンと繋いで飼うべし!
当然すぎる事だが、こうして日本の近代化は
東京五輪とともに、この国にもたらされたのだ。

逆に言えば、それまでの日本は野良犬だらけで、
いま思えば、危険極まりなく、よく野良犬に追っかけられた。

慌てて走り出すから追いかけてくる。
ゆっくり静かに犬から離れるべし…
当時の幼稚園児の、それが基本的たしなみだったな…。

すぐに、二代目の、今度は柴犬系雑種のコロが
やってきた。こいつが我が家に来たときは既に成犬で、
結構な年寄りだったらしく、数年で亡くなってしまった。

犬だろうと猫だろうと、死なれてしまうと、
少なからず喪失感に苛まれつつ、

「もう二度と犬なんて飼うまい!」

と思うものだが、
近所の幼馴染みのアキラ君(後の五輪銀メダリスト!)
の家の秋田犬が、3匹仔犬を生んだ!なんて聞くと
やはり居ても立ってもいられず、観に行くと、
もう私は完全に仔犬の虜…。

親同士の話し合いの内容は未だに不明だが、
その仔犬の中の末っ子が、めでたく我が家にやってくる事になった。

名前は根拠はないけれど、語感だけで
「ブン」ってことになった。

しかし、ほどなく秋田犬保存会というところから連絡あって、
「ブンでは困る!」と言うのだ…。

血統書作成の都合で、漢字を充てて欲しい…
文学のブンでよいか?...というのだが、ウチの親の名に
その文字があるから、文はやはりまずい!。

父が「豊」でどうだ!と小5の私に言った。
九州に豊後水道ってあるじゃないか…豊後のブン…。

以来、ウチのブンは保存会の系図並びに戸籍上は
フリガナのない「豊號」つまり
「ユタカ號」になってしまうのだった。

だから未だに、自分の中では水谷ブン、武ブン…
そんな感じになってしまうのだ。

秋田犬ブンは、みるみる大きくなった。
そうなると狭い我が家の小さなスペースにある犬小屋では、
狭苦しい感じに思えて、何だか気の毒になっていた。

やがて私も高校を卒業し、実家を出る事になって、
やむなくブンは、隣家まで50mもあるような母の田舎で
余生を過ごす事になった。

ブンが亡くなったと聞いたのは、私が東京の空の下、
バンドに熱中するあまり、学校を追い出されてしまって、
親達は怒り、仕送りを止められ、とにかく自力で生きて
行かねばならぬのに、結局その時は3日も何も食べれぬまま、
アパートの家賃も支払わねばならず、恥を忍んで実家に
助成を求める為に電話した時に
母から聞かされた。

とても落ち込んだのは言うまでもない。
自分は何をやってるんだろう!?
あまりにも、情けなさ過ぎやしないか!

そういうわけでもないが、今はずっと猫…。

語弊あるのを承知で言ってしまうが、
猫にはとても失礼ながら、犬に比べて、
もしもの場合の哀しみが、やはり大きく違うのだ。

猫だってもちろん家族だし、
別れは悲しいに違いないけれど、
やっぱりワンコは…なんて言うんだろう??...。

だから、今は猫でいいのだ。



失礼ながら、その秋田犬のブンに、お顔がソックリなのが、

ポール・ロジャース!

当時、中学1年の私には、「れっどぜっぺりん」や
「ぐらんど・ふぁんく・れいるろーど」や「くりーむ」、
「ゔぁにらふぁっじ」そんな大御所以上に、
大好きなハードロックグループ(?)が、
他ならぬポールロジャースのいた「フリー」。

ちょうどFREE LIVEが、爆発的(?)に流行っていて、
ラジオでも頻繁に掛かるオールライトナウとファイヤー&ウォーターの
ライヴではエモーションが5割増くらいの熱い同曲に夢中になって
リクエスト葉書を書きまくってた私…。

少しして、リアルタイムにフリーの新作が出るぞ!という事になって、
私は初めてのFREEのアルバムを、指折り数えて発売日に購入する…

「HIGHWAY」…

期待に反して、これはとても地味なアルバムだった…。

しかし、音楽の奥深さと云うのを、ここで初めて知る。

ロジャースの唄は明らかに以前よりも表現力が増し、
コゾフのギターも、エレキギターの生音というのか、
飾らない臨場感に何だかココロの奥の、深いところから
揺さぶられる。

アンディフレイザーは、今なお、大好きなベーシスト。
まだモータウンを知らないから、彼の跳ねるベース、
妙な譜点の、独特のタイミングやシンコペーション…
自分にとってはまさに唯一無二の存在だった。

友人達は「フリー…もっとうるさきゃ、もっと良いのにね!」
って口を揃える…。

この曲もそうだが、うるさいだけじゃあなくて、
とても英国らしい、曇り空の、寒くてくぐもった、
哀感漂うバラードで見せる、そんな感傷的な曲が、
何だか堪らない魅力のバンドだったな。

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4 Comments

バニーマン says...""
フリーは渋い!
ついでに言うと、バドカンのファーストも渋い!
これが僕の彼等に対する印象です(笑)

初めてポールの歌声を聴いたのは、多分バドカンの4枚目だと思うのですが、
確かこのアルバムって結構ポップで明るいものだったと記憶しています。
その後、バドカンの名作の誉れ高きファーストを買い、あまりの渋さに
すぐ聴かなくなり、その良さを認識するのに10年ぐらいかかったと思います・・・情けない(^_^;)

2017.03.01 19:47 | URL | #- [edit]
ギターマジシャン says..."フリー"
ちょっとYouTubeでは、すぐに見つからないのですが、以前、BSあたりで、まだ若い頃のフリーのライブを見て、アンディ・フレイザーが体だけでなく頭ごと左右に揺すって弾いている姿が印象的でした。

渋谷陽一が、「フリーの重い落ち込むようなリズムはアンディの才能」「弱冠18歳のアンディがこのようなリズムを体現化したのは驚異」とべたほめで、いつもギタリスト中心に聴く自分には、すぐにぴんとこなかったです。

ポールロジャースの歌声は、フリーもバッドカンパニーも見事ですし、クイーンとコラボしたライブも、フリーの名曲に加え、ポールの歌うクイーンの曲も味わいがあり、けっこう気に入ってます。
2017.03.01 20:18 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."バニーマンさん 毎度です"
73年当時、バドカンはフリーの二人に、モットザフープル、キングクリムゾンの
メンバーからなるスーパーグループ!として世界的センセーションを巻き起こしたんですが、
発売元の英Islandレコードの日本ライセンスが失効していて、宙ぶらりん。
然るに輸入盤で大ベストセラー!そんな感じで自分も通信販売で入手!。
でもやっぱり、コゾフとフレーザーの居ないバドカンは自分には相当にもの足りず、
結局バドカンはデビュー盤のみのお付き合いでしたね…。

アンディはこのVの時点ではまだ18歳になったか、まだかというところ。
他のメンバーも20〜21才くらい。故にゼッペリンより先輩なのに、
ゼッペリンの弟分とか、ストーンズの舎弟とか言われてましたね。
あと、イアンギランが抜けたあとのディープパープルにロジャースが加入するとかいわれ、
「合わない合わない、絶対ダメ!」なんて言ってたら、数十年後、Queenに加わるわけで、
世の中何が正解かなんて分からないなあ...なんて思いましたね。
2017.03.01 20:26 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."Re: ギターマジシャンさん 毎度です"
>アンディ・フレイザーが体だけでなく頭ごと左右に揺すって弾いている姿が印象的でした

たぶん、Song Of Yesterdayって曲だと思います。
なにしろアンディ、当時からむっちゃかっこ良かったですけど、
実に男臭いFREEにあって、彼だけゲイだったらしく、突然のバンド崩壊は
それも原因だったようです。(コゾフのジャンキーぶりも問題でしたが….)

また自分は、仕事でベースを弾かされる事も多かったですけど、
常にアンディフレーザーの独特のタメと云うか、ダイナミクス….意識してました!。
2017.03.01 20:45 | URL | #- [edit]

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