ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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清貧のすゝめ

DSC04540あ
Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

鮪...解体ショー…買いたいショー…食いたいショー??



今の学生さんの事情は良く分からないが、
我々の時代の地方出身者(イナカモノ)の
都会での住環境…

その選択肢は大学毎のオンボロ学生寮か、
オンボロ四畳半アパート(勿論、流し・トイレ共同、風呂なし)
或いは友人の中には、窓のない、本来は布団部屋みたいな
三畳一間住まいも居たし、部屋だか縁側だか良く分からないが
一応2食付きの下宿生活?なヤツもいた。

さらには20畳くらいの大部屋を、パーテーションもなく
10数人でシェアする、ほとんど刑務所状態(?)なアパートもあった。
万年床と、枕元に置いた3段くらいのカラーボックスと、
大きなボストンバッグ一個が、いわば占有スペース…。

しかし、その住人に言わせれば…
「たまに布団を畳むだろ、するとそこに広がる無限のスペース…」

個人的に、幸福の概念が大きく広がった瞬間かも?

女子学生の場合のみ、親類の家…って言うのもあるし
奇麗な学生寮!?というのもあるようだが、
勿論そんな秘密の花園に、私は侵入したことなどない。

ちなみに私は、結局「すべりどめ校!」に、
まさに最期の最後に滑り込んだから、入寮手続きなど
とっくに〆切られてしまった後…。

結果、老朽化で解体するぞ!っていう、もはや
キノコが生えそうなオンボロ中のオンボロ木造アパートに、
わざわざ解体を1年間延期してもらって、
無理矢理入居させてもらった、西日のきつい
家賃9千円也の四畳半一間。

いずれにせよ、当時は、実家がお金持だろうが、貧乏だろうが、
(我が家は完全に後者だが…)皆一様に、学生時代は
オンボロ住処…って言うのが、どういうわけか
心情というか世の規範として、共通していたと思う。

まだワンルームマンションなど少なかったし、
そんなブルジョワジーな生活形態を、

学生の本懐にあらず!

そんな「清貧思想」が、風潮として、
日本人全体の道徳としてあり続けたと思う。

学生時代の同級生に、今も現役最長老な
代議士の息子がいた。勿論、正式な嫡子ではない。

毎月、父の事務所から15万円、母親から5万円の
仕送りがあると云う。

当時の月20万円という額は、
学生として普通に仕送りを得つつ、
さらにアルバイトに精出したにしても、とてもじゃあないが
稼ぎだすことなど到底出来ない、
そんな途方もない金額である。

しかしそんなブルジョワな彼でも、マンションに住むには至らず、
風呂なし6畳一間=15000円/月に住んでいたのだが
やがて、彼はそこで恋人と同棲を始めた。

アパートの大家さんは、そんな状態を知ると、
「二人で住むなら家賃も二人分で3万円支払え!」
と宣告したらしい。

家賃3万円なら、当時でも、もうちょいマシな
部屋が借りられただろうと思うのだが、
「清貧生活」は当時、最大の美徳だし、
本人は勿論、たぶん親達も、そんな清貧環境(?)に耐え抜く
我が子の姿こそ、学生の本懐である!というのが、
或る意味、裏返しの「世間体」であり、「誇り」で
あったような、そんな時代。

お金持ちだし、父親はコンサバティヴの象徴/権化
みたいな政治家なのだから、高級マンションに住んで、
学生ながらスポーツカーでも乗り回す生活でも、
「何が悪い!?」っていう開き直りも通用したと思うのだが
「清貧思想が学生の本懐」が、そんなに大事…?

何か喉元で引っかかって、すとんと腑に落ちない、
妙な論理であるけれど、きっと世の中そんなものなのだろう。

東京っていう大都会は、不合理も非合理も、
鬼も蛇も呉越同舟の魔界なのだろう…

いずれにせよ、貧乏人の凡人には
とうてい理解できない世界…。

なんて思ってた自分だったけれど、そんな自分は
何とか「極貧生活」から逃れたい!と必死だったが、
もがけばもがくほど、極貧蟻地獄から抜け出すことが出来ないでいた。

力を抜いて、ちょっとしたコダワリの一つ二つを捨て去れば、
意外に簡単に抜け出せてしまえるんだけどね…。

コレがナカナカ…捨てられないんだよね。



Steely Danというロックバンド(!)の存在は知っていたし、
何曲かは既に聴いてもいたと思うけれど、本格的に
聴きだしたのは高校生の時、ロックのうるさ方連中の間で
相当流行った「リキの電話番号」が入ったアルバム
「さわやか革命(Pretzel Logic)」から。

途中、ドラムの音はもちろん、コードワークや、
ミュージシャンのあり方まで変えてしまった、
偉大すぎる作品を残したバンドであった時期も含めて、
最近もちょろちょろ活動を続けているけれど、オバカな私は
未だにちょろちょろ&へろへろ(!)

「おっ…オッサン方、今度またなにをやらかそうってんだい?」
と、興味を持って聴いてしまう、そんな存在がスティーリーダン。

思えば、AJAっていうのとGAUCHOなんて、もうどれだけ
研究して、学び、流用したかなんて、個人的にその影響は
計り知れないほど大きいけれど、彼らも(自分も)歳をとって、
徐々にポンコツオヤジになって、さすがに演奏もよれよれに
なっちゃってるけど、それでもやっぱり…かつての師…みたいな
特別な存在はやっぱり一生消えないみたいで、
どんなによれててもいいから、最期はどこか小さな…
商店街のがらがらぽん福引き大会の脇の特設ステージみたいな
そんなところで構わないから(?)、
また観て(聴いて)みたいグループだな…。

しかしね、その前人未到な黄金時代が仮にこなくても、
もしかしたらドゥービーブラザーズにメンバーをことごとく
引き抜かれて、実質、吸収合併されてバンドは滅びても
(半分本当!)、

デビューアルバムに、こんな素敵な曲を残していたグループ…
とはいえね…結局「リキ〜」がなければ、
自分だって気付かなかったくせにね…?

そう言うわけで、ヴォーカリストは初期メンバーのデヴィッドパーマー。
うーん…名曲!。

Steely Dan = Dirty Work
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7 Comments

ギターマジシャン says..."スティーリーダン"
バクスターとマクドナルドの件を何かで読んで、高校で知ったかぶって話そうとしたら、バンド名を忘れてしまい、「2人も他のバンドに引き抜かれたバンドがあってさ」と言うと、「ああ、スティーリーダンからドゥービーにだろう」と友人がすぐに反応して、有名な出来事だったのでしょうか?

実際に音を聴いたのは、カールトンの名演が幻想の摩天楼で聴けると知ってからで、さらにジェイグレイドンのペグでした。

後期のスティーリーダンは、音作りにうるさい、スタジオワークに専念、何人にも演奏させて良いところだけ使う、あげくにドラムは一番うまくできた1小節をコピーして1曲の長さにするとか、どこまで本当か、半ば都市伝説と化していました。

この曲は、まだバンドとして演奏していたのでしょうが、それでもホーンなどの外部ミュージシャンも多かったでしょうね。
2017.06.14 20:16 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
その引き抜いた側のドゥービーズが、その2人にどんどん浸食されて、
ドゥービーのスティーリーダン化!!ミイラ取りがミイラっていう、
コレももう痛快でしたね。

Ajaは、不思議なコードがたくさん登場するのと、それに絡む
ドラムの巧みさ、それほどテクニカルじゃないのに、とっても
周到で心打つギターサウンド….自分的にはまさに宝の山みたいな
レコードでした。

あとあと、アレンジャーが「難解でゴメン!」といって持ってきた
スコアも、「あれあれ…Deacon Bluesのパクリだなコレ?楽勝のへっちゃら!」
そんな感じで、何しろ日本の業界もSteely Dan/Ajaで溢れてましたよ。

ホーンと云っても、このデビューアルバムの時点では予算がなかったのか、
テナーとフリューゲルホーンの2本だけなんですが、後年を偲ばせる
抜群のセンスで仕上げられてるな、ただ者じゃないな!
って感じでしたね。




2017.06.14 22:18 | URL | #- [edit]
oyajisann says..."今晩は"
スタジオミュージシャンを駆使した作品ももちろん良いですが
ファーストからサードあたりの泥臭さ加味したサウンドも別の
バンド?って感じもしますがお気に入りです。
さわやか革命のジャケットのポップコーン売りおっさんが何だ
か泥臭さ表してるようでした。
2017.06.16 19:43 | URL | #eTRrWisM [edit]
pipco1980 says..."oyajisannさん まいどです"
おっしゃる通り、初期3作目くらいまでは泥臭さが目立つ感じなのですが、
サウンド自体はとても洗練されていて、今の耳で聴いても、ホントに72年作?
と、思わせるくらい未来的なサウンド、コーラスだったりします。

その辺りがとても魅力的なバンドで大好きでした。

3作目のカバー写真のポップコーン売りオジサン!...
まず「ホット・プリッツェルって何?」ってところから悩んだ高校生は私です!

余談ですけど、地面に雪が残っていて、景色も実家の近所の公園っぽい風情で
なんだか妙に親近感を覚えたレコードでありました。
2017.06.16 20:26 | URL | #- [edit]
つかりこ says..."清くなかったけど、貧でした(汗)"
僕も、上京当時は四畳半・風呂なし・トイレ共同・光熱費込み=1.3万のガタガタ木造アパートに住んでいました。学生向けのワンルームマンションなんてほとんど建っていなかったですよね?
おもしろかったのは、学生の間で白黒テレビが流通していたことです。僕が学生だったのがいくら昔だといっても、家電量販店でも白黒なんてとっくに売っていない時代です。先輩から後輩へ、卒業時に譲るというのが繰り返されていたんですね。ものすごく映りが悪いやつで、オールナイターズを観ていました。NHKが集金に来た時に、画面を見せて退散せしめたシロモノです。
そうこうしているうちに、酒のブームで言うと、部屋で水割り → つぼ八で酎ハイ → カフェバーでトロピカルカクテルへと変わっていくうちに家賃がどんどん上がって、気づいたら学生たちは月6万円のワンルームマンションに住んでいましたね。(笑)いま思えば、バブルの膨らみ始めたったかと。その頃には僕は社会人になったばかりで、清貧を美徳としていなかったのにも関わらずそんなに高い所には住めませんでしたねー。
2017.06.17 02:35 | URL | #- [edit]
つかりこ says..."長くてすんません"
スティーリー・ダンを初めて聴いたのは、はい、'80年の『ガウチョ』です。とても気に入り、同時に『Aja』にもハマリましたねぇ。清貧生活には似つかわしくない音楽ですよねぇ(汗)。
その頃自分はJAZZばかり聴いていて、折しも世の中はJAZZフュージョンブームでして、「お、インストのフュージョンの楽曲に歌をつけたバンドが出てきた!」と思ったものでした。(笑)フェイゲンとベッカーは、学生の頃からJAZZが好きで自分でも演奏していたんですね。

その後二人は、しばらくバッカーをやってから、ABCレコードの「お抱え作曲家」になって、JAZZから得た知識を生かしてよく言えば新しい、悪く言えば変なメロディのロックをたくさん書いたようです。そのうち自分らでバンドを立ち上げて演るか、ということになって、スティーリー・ダンを結成したとのこと。だから、始めから「あまり聴いたことのないコード展開と旋律のロックの曲」を書いてやろうと思っていたんでしょうね。

別の方がおっしゃるように、アルバム3枚目くらいまでは「新しい音楽を創るべー」というもがきやがとんがり感がうかがえて、それが逆にロック魂とでもいうような青い魅力を感じさせてくれているように思えます。それが、1975年『Katy Lied』と1976年『The Royal Scam』 でじわじわとJAZZ寄りに洗練されていって、1977年に折からのフュージョンブームに乗っかって『Aja』の誕生をみたと個人的には想像しています。JAZZフュージョンが成熟してきたのと、その道の一流プレイをコラージュしたのとで、「時代にマッチした&最高クオリティ」の “JAZZフュージョンロック” が完成した、ということでしょうね。それと同時に、ロック的なもがきやがとんがり感が消え失せてしまったのかもです。バリバリのロック好きが、音楽的に清貧じゃない『Aja』以降を聴いて、「好かん」という人が多いのはそういう理由からだと思います。(汗)

『Dirty Work』はフェイゲンが歌詞を書いたんでしょうかね?これはひとんちに呼ばれて麻薬や売春がらみの仕事をやらされるのを嫌がっているような歌詞に見受けられますが、音楽制作においてやりたくない仕事のことを言っているんではないでしょうかね?まあ、アルバムを出せるようになるまでに、他人のパクリとかいろいろイヤな仕事もやらされたんでしょうね。pipco1980さんも、そんな経験からこの曲に思い入れが?
デヴィッド・パーマーは、フェイゲンが歌を歌いたくなくて代わりに連れてこられたヴォーカリストだそうで、それをDirty Workだと言っているのだとしたら、妙におかしいですよね。

長くなってしまいましたが、音楽関連ではスティーリー・ダンのことくらいしか書けないのでゆるして~~。
2017.06.17 02:41 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."つかりこさん まいどです"
圧倒的なコメント、ありがとうございます。
ふむふむ…凄いなあ、などと感心しながら読み込むうちに、
さて、このつかりこさんの思いの丈に、自分はどう答えれば良いのだろうか…?
と、ちょっと焦りもするわけです。いや、それにしても凄い凄い!。

さっき朝ドラを観てましたら、シシド・カフカ(なんて名前だ!)が
興味深い台詞を吐いてました…。

「若い時に苦労しておいた方がいい…下々の生活を知っておいたほうがいいとか...」 

ううむ、一言で、我が駄文の主旨を言い当てられてしまいましたが、それに匹敵する
つかりこさんショック(!?)であります。

自分のアパートにも、物置部屋には、歴代のタナコが残したであろう、
棄てるに棄てられない、卒業アルバムとか、教科書や辞書の類いがたくさん保存?
されていて、その中に白黒テレビがあったんです。

電源を投入して2分くらい掛かってぼんやり映りだし、トドメに一発パンチを入れると、
急に映像がしゃきっとなり、5分くらいすると、またパンチを入れたくなる家蔵に
戻ってしまうような物件….とっても懐かしいことを思い出させてもらいました。

ある夏に、始まったばかりの「愛は地球を救う…」の24時間TVをダラダラ観ていたら、
突然、焦げ臭いニオイとともに、テレビは夭逝してしまうのですが….。
たぶん何代も受け継がれてきたのだろうが、終わりが自分っていうのが、なんとも
哀しかったです。

つぼ八で酎ハイ...その前に私的には、高円寺北口の立ち飲みホッピー→三軒茶屋の養老の滝…
カフェバーでカクテルは経過せずに、荻窪のスナック….そんな感じです…(?)。

スティーリーダンは、一番好き!って感じではないですけど、
いつの時代も目のはなせない、興味は尽きないバンドで、
実は未だにそうあり続けています。
YouTubeには、つい先月くらいのライヴ映像まで上がってますけどね、
ラリーカールトンのゲスト参加が笑えます!。

Dirty Workはとっても良い曲で、らしくないと云えばその通りなんですが、
何しろあの強烈なDo It Againの次に入ってる曲ですから、目立たないですよね。

ちなみに自分は、バンドマンとしては演歌の現場も、錦糸町のキャバレーも
埼玉のヘルスセンターで某懐メロ歌手(!)のお仕事までさせてもらいましたが、
ちっともダーティワークとは思ってなくて、むしろダーティやなあ…まっ黒…
と思わせたのは、普通にサラリーマン時代でしたかね。
そんな時って不思議と、中折れハットを被り、サングラスが欲しくなるものなのだなあ
って、しみじみ実感したりしてね….。

そんな感じで本日は御勘弁を(笑)….。
2017.06.17 12:55 | URL | #- [edit]

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