ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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集団の孤独

DSC05097あ
Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

中学の同窓会があった。

出席者総勢175名…元々は500人ほどいたはずだが、
40数年目の同窓会のこの人数が、
果たして多いのか少ないのか?
冷静に分析等できないけれど、
半病人と云うか、たぶん20%に満たないくらいの
不穏な体調の自分には、あまりにも大人数過ぎて、
何をどう対応してよいのか、
ただただ面食らうばかり...。

一挙に数多くの再会や旧交を楽しむには、
あまりにタフな気力と体力が求められるようで、
ノンアルコールの、決して美味しくはない
ビール風味炭酸飲料を呑みながら、ほとんど
自ら席を立つこともない情けない状況の自分は
何だかちょっと、暗めの自閉症児みたいで、
自己嫌悪になりかける夜でもあった。

ちなみに自分がいたらしい中3時点でのクラスが
実に最も出席率が高く、度重なる写真撮影等、
仲が良い…盛り上がってる…等々と云われていたが、
このクラス…実のところ、「学級崩壊」していた。

担任教師との関係性が上手くいかなかった。

ことあるごとに担任とはぶつかって、遂には、
「オマエらなんか、早く卒業してしまえば清々するのに!」
そんな捨て台詞まで云われた記憶がある。

そんなこともあってか、たぶん我々のクラスだけ
一度もクラス会を開いてなかったし、良い想い出として
特筆するようなこともなかったように思う。

まあそれだけに、たぶん、これが最初で最後…
高出席率に繋がったのだろうと思う。

まあ…そんなことばかり考えながら、会場にいたわけで、
あれれ…自分ってこんな性格じゃなかったよな…?
体力の欠如は、性格まで捩じ曲げてしまうのか??

やっぱり…自己嫌悪だな。



同窓会中、あまりにも変わり果てた(お互いサマだが)
同窓生たちと、次々と談笑しながら思い出すのは、

「あっ、こいつからキングクリムゾンを教わったんだったな..」とか

「半ば強引に又貸しと知りながら、自分では買えなかった
ビートルズのホワイトアルバムを借りたら、そもそもの持ち主たる柔道部の彼に、
思いっきり首を絞められたんだった…」

そんなくだらないことばかり思い出す。

そして決定的なのが…

友達と三人でお小遣いを出し合って。待ちに待った
そのレコードの発売日、開店前から駅前のレコード店で
待ち構えて購入したピンクフロイドの「原子心母」の初回赤盤…

それを友人宅から半ば暴力的に「貸せ!」と云って持ち出し
そのまま、遂に返して貰えなかったと云う「その男」に
昨夜再会し、先方は「やあやあ久しぶり…」なんて握手を求めてくるのだが、
私は笑顔で握手に応じるものの、小声で「返せよな...原子心母!」なんてね、
聴こえないように云ってやった…。やっぱ暗いなあ、今の自分…。

ちなみに当時、高校生のお姉さんと一緒に「箱根アフロディーテ」の
ピンクフロイドを観に行ったぞ…「原子心母」がメチャメチャ
かっこ良かったけど、お天気が悪くて
夏なのに、とっても寒くて、ブルブル震えていた…

そんな、羨ましかった同級生に会いたかったが、
彼は残念ながら欠席…。

Pink Floyd - Atom Heart Mother(Hakone)



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4 Comments

ギターマジシャン says..."アフロディーテ"
箱根アフロディーテで、ピンクフロイドの演奏は霧に包まれたと伝説になっていて、グランドファンクの雷雨の後楽園など、野外ライブは何かと伝説になりますね。

意訳を通り越す評判悪き邦題の中にあって、「原子心母」という見事すぎるタイトルが、ピンクフロイドの日本の人気に一役買った気もしていて、それにしても、このタイトル曲といい、エコーズといい、当時のオーディエンスは長尺の演奏をどうとらえていたのでしょう。

初回赤版の件、自分の場合はレア盤は少ないですが、転勤するたびに、戻ってこないレコードやCDがあり、執念深く、誰と誰に貸したかは今でも覚えています。
2017.07.02 17:53 | URL | #- [edit]
バニーマン says...""
そう言えば、何故箱根なんでしょう?
不思議です。

500人という学年もスゴイですが、175名の出席者もスゴイですね。
誰が誰やらわかりませんよね・・・。
2017.07.02 21:51 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん 毎度です"
何しろ田舎に引っ込んでいた時期は、幾度も、来日アーティストの動きが気になって
田舎にいることに地団駄踏んで悔しがったものです。まあ現在放送中の朝ドラの
ナントカオジサンのビートルズ来日!みたいな感じですね。
ですからこのアフロディーテも凄い悔しかったです。
その翌々年くらいの「狂気お披露目ツアー」はさほどでもなかったですけどね…。

まあ何しろそんな時代的な空気感から「原子心母」は、いまではピンクフロイドの
最高傑作とは云えないかもしれないですが、何か特別な感覚と云うか、コダワリがありますね。

赤盤(東芝の初回盤の特徴ですよね)がレアだとは当時全く思ってなかったですが、
まだ共同出資者3名による所有権の所在も話し合う前でしたから、様々な計画が頓挫してしまいました。
本来は、1/3の出資でレコードをどんどん買って、順繰りに所有権を廻して行く予定だったんですけどね。
2017.07.02 22:55 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."バニーマンさん まいどです"
確か、一応ウッドストック?に対抗したようなロックフェスティヴァルの体裁で
開催されたもので、バフィセントメリーとか、1910フルーツガムカンパニー。
日本側からも、モップスとか赤い鳥、ナベサダさんなんかが出演してる映像を
観たことがあるように記憶してます。

一応、大きな名札が配られ、それを付けるんですが、女子は旧姓が記されないので、
ほとんど分からないです。実際に40数年を隔てた200人近くを、たった数時間の宴で
何とかしろと云うのは、相当に無理があるようでして、やっぱりクラス単位くらいが
よろしいですね。

2017.07.02 23:10 | URL | #- [edit]

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