ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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重い道...

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

高校生の時に、同じクラスなのだが、
何故か2歳年上の仲間との音楽談義の勢いから、
「ロック&ジャズ」のミニコミ誌(今で言う同人誌?)
を作ってみることになった。

最初は二人だけで、いろいろ意見を出し合い、
生徒会の備品である「ガリ版」を、こっそり拝借しつつ、
何しろ取り急ぎ「創刊号兼パイロット版」を作ろうと
いうことになるのだが、創刊号のテーマは、
なんにも話し合うこともなく、阿吽の呼吸で決まっていた。

初号は「FRANK ZAPPA特集でいこう…当然じゃないか!」

ところがだ…そんな強い思い入れのわりには。
当時まだ何処にも、ZAPPAを特集した雑誌記事など
見掛けたことがなかったし、第一、きちんとした
ディスコグラフィさえ、我々はまだ知らないでいた頃である…。

相棒がその辺はさすがに早かった。

「いたち野郎」っていうマザースのアルバムの日本盤の
ライナーノートを書いていたのが、当時ニッポン放送のDJ
亀淵昭信氏(後年ニッポン放送代表取締役)....。

亀淵氏に相棒は手紙を書くと、すぐに丁寧なお返事をいただいた。
内容は、ZAPPAに関する詳細なディスコグラフィ・データ
(デビューー作Freak Out~当時の最新作だった「アポストロフィ」まで)、
それに、願ってもなかった、彼の生の書き下ろしの、
感動的なZAPPA評論文を、添えてくれたのだ。

果たしてそれを掲載してよかったのか、ダメなのか、未だに
良く分からないが、とにかくそれを我々のミニコミ創刊号の
目玉記事として掲載したのである…。

ミニコミの名前は、今になるとちょっと恥ずかしいのだが、
ザッパにあやかった「Pipco Magazine」とするはずだったのだが、
そうなるとあまりにZAPPAに偏ってしまうではないか?という
意見もあったりして、相棒が考えてきたのがFREEの名バラッドの
「HEAVY LOAD」。

うーむ、創刊号からいきなり「重荷」っていうのも、
前途危うい感じだけれど、まあ時間もないし、それで行こう!
ということになって、早速、高校の「美術部」の、
一番才能を認めてたヤツ(!)に、ロゴデザインを頼むと、
3日間も待たせた割には、どうしたことか

「HEAVY LORD(重い神?)」

私はそれはそれで面白いんではないか?と主張したが、
相棒の猛反対に遭い(彼の家は敬虔なカトリック!)やり直し。

さらに3日後、「じゃあこれでいいか!」って、少々キレ気味に
美術部が再提出してきたのが、なんと…

「HEAVY ROAD」

重い道…。

ちょっと英国ブルースっぽいけど、もうこれで行こうや…!
いずれにせよ前途多難…ヤレヤレなのであった…。

さて、A4用紙3枚(計6ページ)で始まった我々のミニコミは
フリーペーパーとして、市内のアチコチのお店に置いていただくべく、
手分けして営業交渉が始まった。

無料とはいっても、ナニモノか素性が分からない、もしかしたら
お店の品位を著しく欠くような、エログロナンセンスな
ペーパーってこともあり得るわけで、最初はナカナカうまく
交渉が成立しない。

自分としては、人生初の「飛び込み営業活動」でもあったわけだが、
相棒は、意外にも次々と、行きつけのロック喫茶、ジャズクラブ
その他、学生が集まる喫茶店なんかを中心に順調に成績を
伸ばすのだが、自分は当初、もう絶望的なくらいに
サッパリなのだ。

そのうちにレコード屋さんや本屋さんは「絶対ダメ」っていうのが
何となく分かり始めると、楽器屋さんとか、ライヴハウスとか、
ちょっと不良仲間(?)に頼んだ「ディスコ」なんかに
ボチボチ置いて貰えることになった。

そんな感じで、不定期ながら4号を配布した頃に、
近所の国立大学の「生協組合(古本屋なんかも営んでいた)」
的なところのスタッフから、「この際100円くらいで販売すれば!?」
という要望と云うか、意見を戴いた段階で、
実は崩壊が始まるのだ。

既にラジオ局のDJさんや選曲やディレクター的な人、
人気ロックバンドのメンバー等、いわゆる地元著名人から、
執筆して戴けるような状態になっていて、A4-3枚から、
既に詳細は忘れたが、ナカナカのヴォリュームの雑誌に
なっていたから、経費的にも、カンパウェアなんかも戴いてはいたものの、
相変わらず持ち出しは多いし、執筆料なんかの謝礼も含めて、
有料化はもはや必然となっていたのだが、なにしろ我々はまだ
高校生である…。

配布先から次々と、そうなった場合の利益配分の問題とか、
何より「税務処理問題」を突かれてしまうと、もう我々には
お手上げになって、やむなく「運営実権」を大学側スタッフに
委任するしか無くなった。

しばらくは、執筆のみ、細々参加していたけれど、やがてそれも
縁遠くなって、気がつけば、関係性が全くなくなってしまった。

私はほどなく上京してしまうから、後のことはあまり知らないけれど
結局は、タイトルもテーマも変えられ、いわゆる佐野元春だの
大瀧さんだのと云う方向に大きくシフトしたらしい。

それから約10年後、業界の組合(?)から頼まれて、記事を
執筆するようになって、それがやがて編集全般に関わるように
なるのだが、業界的には、ほとんど脱線サブカル的な話題ばかりの
私のオバカ文章は、多くの真面目な執筆陣(社長さん方)の顰蹙を
買っていた様子で、やっぱり自然と、遠くへ遠くへと、
追い出されて行ったような感じ…。

実は根本的に、向いてないのかもしれないね。

そう言うわけで、FREEのHeavy RoadでもHeavy Lord
でもない、Heavy Loadを!

FREE - Heavy Load


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6 Comments

ギターマジシャン says..."フリー"
唯一持っているLPが、この「ファイヤー&ウォーター」なのですが、「オールライトナウ」が聴きたくて買ったところ、かなりコンパクトなアドリブソロで、友人からライブ盤にすれば弾きまくっているのにと言われ、何だか損した気分であまり聴かないまま数十年レコード棚に埋もれています。

タイトル曲のファイヤー&ウォーターも名曲ですし、ハートブレイカー、ウィッシングウェルと代表曲も多いのですが、このバラード系の曲は、自分にとっては盲点でして、LPでとばしてしまったのか・・・。(曲の真ん中あたりに針を落として、ギターソロだけ聴くとか、よくやっていましたので)

それにしても、ミニコミのタイトルのLoad→ Lord→ Roadと英語は難しいですし、アルファベット一つで、こうも意味が変わるとは。
2017.07.09 21:03 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
自分がロックを聴き始めた最初の頃って、正調ロックと云えば、
クリーム(ブラインドフェイス)にヴァニラファッジ、そしてなぜかフリーだったんです。

特にフリーは、ストーンズの弟分っていう位置関係で、年令はまだ16〜17歳なのに、
将来有望なブルースロック!...。

ところが、ご存知の通り、ゼッペリンの来日公演で、全てのオセロは
ゼッペ色に変わってしまうわけで、フリーも結局埋もれちゃったかな?
って感じでしたね。

それでも自分は正調ロック?はもちろん、アンディのベースが醸し出すR&Bの香り、
そしてIslandsレーヴェル伝統?の英国的なフォーキーでセンチメンタルな
サウンドが特徴の素晴らしいバンドで、大好きでした。

最期のハートブレーカーは良いアルバムですけど、結果的にゲスト参加した
重篤なジャンキーのポールコゾフと、オネエのアンディフレーザーを
追い出したカタチの再生フリーを、頑として認めるわけにはいかなかった
ファンの複雑な事情というのもあったりします。

ですからその延長のバッドカンパニーは、随分ざっくりして、
あまり好きにはなれなかったですね。
2017.07.09 21:32 | URL | #- [edit]
バニーマン says...""
「HEAVY LOAD」→「HEAVY LORD」→「HEAVY ROAD」って、
まったくどうして?としか言えませんね。

知り合いの印刷屋は、間違いの修正を指摘すると、そのままでいいところが
なぜか間違って修正されるという、何故?という印刷屋でした。
別の印刷屋は、そもそも何故そこを間違える?という、ありえない印刷屋
でした。

どうでもいい話でした(^_^;)

ギターマジシャンさんじゃないですが、「オールライトナウ」目当ての
人間には「ファイヤー&ウォーター」までで止まっちゃっています(^_^;)
いや~、良い曲ですね。
2017.07.10 21:16 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."バニーマンさん 毎度です"
たぶん、当時の美術部でもトップエリートの彼だったように記憶してますけど、
詳しくは覚えてませんが、昼食のメロンパン1個くらいの謝礼で
拡張高いレタリングをお願いしたと…言うわけで、3度目はなかったように思います。

前項でも書いてますが、フリーというバンドの素晴らしい点は、R&B的な譜点満々の
跳ねるベースや、ブルージーな泣きのギター、そしてシャウトもバラッドも
類い稀な哀愁を発揮するポールロジャースのVO.と、魅力満載のバンドだったんですけどね。
なにしろ短命で、あともう一歩のところで、解散だの、再結成だのとごたごたして
その点が残念なバンドでした。

2017.07.10 21:47 | URL | #- [edit]
つかりこ says..."おばんです"
ミニコミ誌を立ち上げて、そんなに盛り上がったなんてすごいですね。
夢のような出来事です。
僕も漫画や詩やの同人誌を立ち上げて、本屋に持って行ったりして
打ちのめされたことがあるので、値段が付くほどになるなんて
ホントにすごいと思います。
特に、ニッポン放送の亀淵さんからレスがあっただなんて!
すばらしい!

スペル違いのハナシ、笑えます。
ありがちなすれ違いですが、
美術部の彼は自分のネーミングにしたかったとか?(笑)
実は正しいのに一見間違いに見える言葉って、時々ありますよね。
頼みもしないのに印刷屋さんが直してくれたりします。
一旦、元に戻させても、また別の人がごていねいに直してくれたりします。(笑)
一瞬、「もう、それでいか」なんて、やっちゃいそうになることがあります。(汗)
2017.07.11 18:50 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."つかりこさん まいどです"
まあ小さなコミューンみたいなアリサマの田舎街なので、
あまり物事を深く考えずに先へ先へと進んでた感じです。

この街の特徴は、なにしろ見栄っ張りが多いので、
かなりマニアックな話題も、ある程度受けるんですよ…
同じことを東京でやっても、全然駄目ですけどね。
「何それ?…しらなーい」で終了。

亀淵氏は、東北の片田舎から、突然「ZAPPAについて教えて」
なんて手紙で、さぞや驚いたんじゃないでしょうかね。

ザッパに限らずとも、その同好の対象がマイナーで
あればあるほど、熱っぽく教えたくなるものでしょうね。

ちなみにその時にカメカメ大行進(?)氏によってもたらされ、
判明したデータや、エピソードの多くは、その後、乱立した
ミニコミ誌やラジオ番組などに、ことごとく流用されてたり
してましたね(笑。

今思えば、タイトル自体には、さほどの思い入れは
なかったんでしょうね。
2017.07.11 19:31 | URL | #- [edit]

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