ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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LET IT BE の頃。

let it be01


・1969年1月のビートルズの新作録音風景とその瓦解の映像記録。

・翌年の春、秋田駅前のレコード店「全音」でシングル盤「LET IT BE」が
 ヘビーローテーション!毎日の通学路でしかも広小路を渡る信号待ち
  などで少年pipは完全にスリこまれ、ビートルズがかかってないと
  生きていけない身体になる。

・半年くらい経ってやっと映画が、我が秋田でも公開。すずらん通り奥の
 秋田ピカデリー!...しかしアホのPは、ほとんど内容理解できず、
 不条理アバンギャルドの印象。最後の屋上ライブのみ「ウオー、
 カッケー!」とやけに大感動。
 売店でポスターとパンフ(残念ながら冊子ではなくA41枚のペラペラ紙)を
 買ってご満悦の中坊であった。

・更に翌年、中央通りの「読売ホール」で再映。この頃には学習も進み、
 この週だけで10回は観た。更に、私はオープンデンスケ(テープレコーダ)、
 友人は父親の8ミリカメラ、別の日にはスチルカメラなど持参する異常盛上り
 状態。因みに中央通りは今でこそあんなだが??、土曜日の午後はサッカーの
 練習サボって、明治生命ホールで「ABSポップイン」。新作ロックの情報を
 仕入れ、読売ホールでロック映画見て、帰ったらABSの電リク(洋楽)!って
 今考えると、なんとも幸せで充実の中学時代=秋田の黄金時代!でもあった
 かな。

・同じ年、「ビートルズ・デビュー10周年!」ってことで広小路に開店した
 ばかりの「秋田プラザ」(現キャッスルホテル?)の催物場でビートルズ展
 開催。入場料を取って、何やら展示物もあったようだが記憶なし??
 
・3年後、魁新聞に「産業会館でビートルズ・フィルムコンサート、生演奏アリ」
 「ふーん、まだこんな事やってるのか??」と、もはやヒトゴトな高校生P。
 「んで生演奏ってどこのバンドがバカ面こいてるんだ?? ◯△s...って...
 俺らじゃん!?ナナナニイ???

70年代はジョンやポールはきっと秋田の広小路とか金座街あたりにいたんだね。
広小路のホコ天にいたはずだし、木内の屋上にも!!んで居なくなって、
今も続く馬鹿げた一歩通行なんかになってスルーな街になり果てて、竿燈まで
大町に行っちゃって、活気に満ちた商店街をわざわざ潰して大店舗が駅前に鎮座
して、広小路時代も駅前時代もみんな終焉。
私はその頃はもうお江戸にいて、最期は見届けてないけど、広小路辺りを通り
掛かると、今でも胸が苦しくなるね。
 

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