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ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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わしらは改革派!

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

ゲイノー界を追い払われ、やむなく流通の業界に入った私。

その時点では、業界のカーストというか、食物連鎖の
その頂点にあるのが、「百貨店」という巨塔だった。

流通関連業者として、百貨店という舞台を得られることは、
最大のステータスであり、会社の経営面でも安定を意味していた。

百貨店には、たくさんの集客力があるから?

それもあるけれど、隠語としてよく云われるのは、
一流百貨店には「クジラが回遊してる」…ということ。

それも「運転手付きのベンツに乗ってやってくる、
光りモノをジャラジャラさせたごっついクジラ…」。

しかし裏を返せば、百貨店は度を超した
「お客様第一主義」に陥っていた。

万引き犯を追いかけ、捕まえたら、カバンの中からザクザクと
値札がついたままの盗品が….ところが、百貨店管理者側から
叱責されるのはなぜか捕まえた業者側の私…。

お客様に謝罪しろ、土下座して謝れ、菓子折り持って
お宅まで謝罪に行け。何としても「お客様」のお怒りを鎮めろ!....。

事勿れ主義?

私が業界に入って、まださほど日が経たない頃、
百貨店経営陣側の大スキャンダルがあって、店舗は一斉に
「お詫びセール?」ということで、大バーゲンを展開した。

当然、我々業者も、これまで5千円で売ってたモノも1千円程での
大廉売に嫌が応もなく協力させられた。

セールに集まるお客様は、普段の客層とは相当違って、
物見遊山な感じの、なんだかイヤな感じでもあったのだが、
そこで事件は起こった。

今は流通してない、ヨーロッパの銅貨コインに金張りをした
タイピンか何かだと思うが、日本橋店でそれを1千円で購入したオッサン…
いやいやお客様は、何を勘違いしたか、すぐさま御徒町辺りの
貴金属買取りショップに向い、その1千円の金張りコインを
鑑定→アワヨクバ換金しようとしたらしいのだ。

改めてそこで金張り=金メッキと知ったお客様は、
百貨店の経営上層部に直接クレームを入れたらしい。

「騙された!とんだ偽物を掴まされた。インチキデパートめ!」

元々スキャンダルに塗れて苦しむ百貨店は、
我々に通告するより先に即行動を起こし、なんと「本物」の
金製品(5万円相当)をオッサンに、いやいやそのお客様に進呈し、
事をおさめたのだそうだ。

勿論、無条件で、我々から5万円を回収する百貨店。

それでも、泣き寝入って百貨店様のなすがまま…
それが業界の慣例らしいのだが、
私にはそうは思えなくなっていて、
「脱百貨店」的なマーケティングを起草し、
実行に移し始めるのだ。

ターゲットは当時拡大を続けていた「駅ビル」や渋谷辺りに
出来つつあった「ファッションビル」など。

それぞれのテナントは小規模店に違いないが、
今は全国10店舗だが、2年後には30店舗、
5年経てば50店舗…。

百貨店に比べれば、客層も若いし、単価も低いかもしれないが、
流行にはより敏感で、反応も早い。

我々の脱百貨店作戦…実は社内も外も、最初は散々な評価で、
気が狂ってるとまで云われたりした。

あいつは百貨店の「付加価値」「プライオリティ』が分かってない。
絶対失敗する…駅ビルなんかにやってくる若いOLとか、総じて
貧乏人なんか相手にしちゃ駄目だ…。

いつしか社内には「百貨店事業部(守旧派)」と
「チェーン店開発事業部(改革派)」というのが並列し、
何とはなしに競うような形になっていた。

思惑通りに。百貨店文化は、80年代の途中くらいから、
急速に衰退した。

そして国鉄からJRに経営母体が替り、駅ビル等をさらに
整備して利益幅を拡げようという気運にもうまく乗って、
当社の事業規模も、あっという間に数倍に膨れ上がった。

当然、我々の築いた道とはいえ、それを後から追いかけて来る
ライバル業者も多くなったから、競争力を増し、差別化を図る為に、
毎月の商品企画会議が、毎週になり、やがて殆ど毎日になった。

そうやって金が余り始めると、経営者と云うのは、
仕事自体よりも、その有効な運用というものに興味が移るらしい。

時折しもバブル景気....。
気がつけば….既に末期症状!?....。



わりと久しぶり….といっても数ヶ月ぶりだが、
Frank Zappaの新作…というかアーカイヴが発売された。

例によって腹一杯のヴォリュームのボックスセット(やれやれ)。
1977年の、恒例ハロウィーンライヴ@NYパラディアム
4日間全6公演コンプリート…!

Zappaの場合、1公演でもCD2枚組のヴォリュームは
楽にあるから、おいおい、何枚組になるんぞや?...と思ったら、
今回はメディアが「USBスティック(!)」だって…。
(ダイジェスト版としてCD3枚組も用意されてはいる)。

それに、オマケかメインか分からないけれど、ハロウィーン用に、
Zappaのお面と、裸イラストTシャツのザッパ扮装セット付き...
(いらねーな…)

内容はもう映像の方でお馴染み「Baby Snakes」の
音の方の完全版ということになる。

この時期は、テリー・ボジオとパトリック・オハーン以外は、
加入したばかりの新メンバーなのに、既に完璧にサウンドが
練れていて、エドリアン・ブリューなんかも
加入したばかりなのに、ギターにハモニカに唄に踊りに、
相当の熱演である。

何しろ全6公演では、たくさんの曲が演奏されているけれど、
本日はたぶん中でも一番セコいというか、ザッパにしては
相当に塩っぱい曲を、敢えて紹介する。

たぶん…この時代、ザッパの音楽自体は、とても充実していたのだが、
所属レコード会社と例によって契約問題等々でモメて、
結局「Zappa Records」っていう自主レーベルをまたまた
立ち上げることになって、そうなると、資金稼ぎの為に
シングルヒット…欲しいよね!ってわけで、
随分とポップというか、小さくまとなった感のあるDisco Boy…
なんつってね...ヤレヤレ...なんざんすね、これが…。

日本公演はこの前年だったわけだけれど、この時はまだ
その前の新バンドを結成したばかりで(結局失敗バンドだった!)、
正直に云うとサウンドは全然練れてなくて、ちぐはぐさの
目立つ、ザッパらしくないなあって部分も多々あったわけだけれど、
そんな時も、ひとり気を吐いてたのがこのテリーボジオ!。

なにしろ彼の太鼓は音がデカい!。
PA的な音量がどうのというのではなくて、
音に、圧というか力がみなぎっているから、何しろ
音楽に与える活気がもの凄い!。

その上で.彼の天性のノリというか、グルーヴ感に
バンドはかなり助けられていたように思うけれど、
77年のこの時も、冒頭のドラムの異様なノリと
R&Rなビート感には畏れ入る。

そして名手オハーンの、ウネウネと絡み付くベースも
大好きだし、ブリューの意外に堅実なプレイも何故か笑える。

ザッパによる、ちょっと困ったセコい曲も、なんだか
この3人だけで完璧なノリのR&Rに変貌…いやはや凄いな!って、
感じ入るわけです。

それにしてもこのハロウィーンメイクのお客のオネーチャンは
仕込みなんだろうか、ホントに客なんだろうか???

Frank Zappa - Disco Boy


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4 Comments

ギターマジシャン says..."ザッパ"
フランク・ザッパのアーカイブ映像と、キング・クリムゾンのアーカイブ音源は、今後もどれだけ多く出てくるのかというくらいで、ファンのpipco1980さんのお財布も置き場所もすごいことになっているのでは?
(自分は、ビートルズのアンソロジーでさえ、CDは1組のみ、DVDは借りたこともないという不埒な状態ですが・・・)

この曲は、ザッパがギターも持たず、ハンドマイクで観客(本当、仕込みっぽいです)とのパフォーマンスに終始するゆるい感じで、曲調もカーズみたいです。

テリー・ボジオは、UKで来日したときよりワイルドなルックスで、ブレッカーにもこんな感じで加わっていたのでしょうか?
2017.11.03 17:33 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
ほぼ家出同然(?)で上京して。浅草国際と日本青年館で観たMothers来日公演。
そのとき初めてボジオを見て、その凄まじいドラミングに驚きました!
やがて78年だったかのUK公演も同じ日本青年館...ベースのジョンウェットンのベースなんて
殆ど聴こえないし、奴さん時々、ストラトなんか抱えてぺけぺけやってましたけど
ボジオの凄まじいドラムとジョブソンのEヴァイオリンだけで、既にサウンドは完結するほど、
圧倒的な演奏力に、またまた驚愕しましたね。

またこの時代は、78年12月のデヴィッドボウイ、80年のトーキングヘッズ、そして
81年の再結成クリムゾンのそれぞれ来日公演では、エドリアン・ブリューの衝撃的プレイを
目撃してますから、そうしたものの源流が、すべて77年時のZappa Band...となるわけです。

EnoとBowieがベルリンでこのメンバーのザッパバンド公演を観て、二人は終了後に楽屋に直行。
その場でブリューのヘッドハンティングをザッパに申し入れたんだそうです。

ベースのパトリックオハーンは、意外ですけどゲーリーピーコックに師事し、主に
ジャズシーンで活躍していたところを、ザッパに見初められ、ザッパバンドに入ってから
エレキベースを始めたって変わり種。その後もボジオと縁が深く、ミッシングパーソンズに
参加したり、ボジオとつるんで、デュランデュランのセッションに参加した後、
JAZZというか、ECMから環境音楽っぽいソロアルバムをリリースするようになって、
グラミーにノミネートされたりするような、そんな感じになってましたね。
2017.11.03 22:06 | URL | #- [edit]
つかりこ says..."おばんですー"
> 一流百貨店には「クジラが回遊してる」…ということ。

> しかし裏を返せば、百貨店は度を超した
>「お客様第一主義」に陥っていた。

↑外商部門には、とてつもないお客がついていますよね。
個人で一度に何百万も買ったり、法人が贈答品を何千万も買ったり、
やくざ屋さんが商品券を何百万も買ったり・・・。

僕もけっこう百貨店の宣伝に関わったことがあるのですが、
いわゆる「上得意」の評判が第一なんですね。
中元歳暮のコーナーや、商品券のコーナーや、
店内画廊などに行くと、上得意を特別扱いしているのを
目にすることが多々ありますよ。
長い順番待ちをすっとばして、上得意を横入りさせたりしてるんです。

それにしても、泥棒に謝ったり、怒りを鎮めるために千円のものを
5万円で売らされたりというのは、ひどすぎますねぇ。
Mデパートでしょうかね、Tデパートかな?(汗)

> 「脱百貨店」的なマーケティングを起草し、

↑宝飾、アクセ、婦雑関係でしょうか?
そういえばバブルの頃に、
ヤング向けの宝飾品の市場が広がりましたよね。
テレビコマーシャルもすごかったです。
あのブームには、pipco1980さんがからんでいたんですね!!
すごい!!
新しい時代を創る、というのはとても醍醐味がありますよね。
うらやましい!
(取扱い品種が違っていたらすみません)

百貨店は、すっかりブランドバリューを落としてしまいましたよね。
昔は、豊かさの象徴でした。
あの包装紙や紙バッグが、モノを語りました。
実際、海外のハイブランドものなどは百貨店でしか買えなかったですもんね。
しかし、ブランドの専門店や路面店の進出が成熟したいまは、
ただの寄り合い所帯だということが露呈してしまいましたね。


フランク・ザッパって、こういうポップなやつも演ったんですね。
でも、やはりただのポップじゃないですねぇ。
クイーンっぽい、と言ったら怒ります?

あのおねーちゃんは、やらせでしょう?

★あ、コメ投稿の「認証用キーワード」が
「ゴゴゴゴ」ですー。
ゴーゴーゴーゴー!
2017.11.05 22:01 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."つかりこさん まいどです"
時期も商材関係も大体「大正解」ですし、付け加えるところがないですね!
さすが良く知ってらっしゃる!!。

その真っ最中は殆ど意識してなしですけど、終ってみればあれは「バブル!?」
って、時代のマジックもあったと思うんですけど、考えてることが100%、
その通りに実現するぞ!、天才か?...MBAとか全く勉強したことなどないけれど、
何故だかはっきりと、様々な数字が浮かんできて、経営的にも確信が持てる
そんな風に自惚れる瞬間って、きっと誰にでもあるように思いますけど、
自分はまさにそんな感じで、たぶん端から見れば、随分と鼻持ちならない輩だったと思います。

今もね、たまにですけど営業相談を受けたりすることもあるんですが、
もう全然ダメ夫くんのポンコツ君で、情けない限りです...。

ゴゴゴゴ....猾いです!自分もみたいです!
2017.11.05 23:06 | URL | #- [edit]

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