ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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黄昏の街とロケットマン

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Leitz ELMAR 5cm/F3.5 (1939)

学生時代、そりゃあもう人並みに(?)、当然風呂なし、
トイレ共同、流しも共同、ついでに玄関も共同な四畳半アパート
に住んで、食うや食わずの最底辺生活をしていたわけで、
服なんかほぼ買ったことがなくて、夏も冬もおんなじジーパン…。

床屋も、夏休み&冬休みに帰省した時に、
親のお金で豪勢に「美容院」何てところに行って
生まれて初めてパーマなんてのをかけつつ、
仰向けのままのシャンプーにドキドキしながら、
多少身綺麗になって、東京に戻りつつ、
暫くすれば、またドロドロドロ…。

とはいえ、一日おきであるが、キチンと銭湯には行くし、
週に1度は銭湯が併営してるコインランドリーで洗濯もする。

まだコンビニっていうものは、この世に存在してなかったけど、
どんな街にも、1ブロックに1軒は必ず、少し遅くまで営っている
煙草屋主体の雑貨屋さんがあって、銭湯の帰りは大体そういう
お店に寄っては、アイスキャンディを舐めながら(下の歯が知覚過敏で
アイスは噛めない!)コカコーラとハイライトを買い、
タウン情報誌の「ぴあ」とか「シティロード」も買い、さらには
FM雑誌なんかを立ち読みしつつ、手が汚れるけれど、
大好物だった東ハトのキャラメルコーン…なんかを買い込んで、
四畳半のオンボロアパートに帰宅。

まあ、その時の買物状況が、その後もなんとなく生活習慣となって、
それがたぶん今のポンコツ体調の元凶だろうなあと思うけれど、
とはいえだ…そういうことの一つ一つが自由で、気ままな生活
だったのだなあと、今なら思うのだが、当時は、

こんなちっぽけなことが、自分の求めてきたことなのだろうか?

と、随分疑問に思ったものだ…。

やがて楽器を買う為にアルバイトを始めるのだけれど、
お金は一向に溜まらない、それどころが、どうしたことか、
雑誌「ポパイ」で、これが最新流行の兆し「Nikeのスニーカー!」
ウーム、確かにカッコいいなあ…ニケ!?かあ…
と気づいたら1万とちょっと…家賃より高い靴!?
を買ってしまってたり、冬は冬で、家賃のほぼ3ヶ月分の
革のウエスタンブーツを、散々悩んだ挙げ句に、ああ買っちまったあ!
してたりする…。

ウエスタンブーツは買った初日に、それを履いて、いい気になって
散歩に出掛け、帰宅したら、それをうっかりアパートの
共同玄関に脱ぎっぱなし…10分くらい経って、
「あっ、いけない!」って気付いて、慌てて玄関に走ってみるが、
ブーツはもう跡形もなく消えていた…。

本当にあの時の悔しさは忘れない。

悔しいから、その日からしばらくは、他人の足もとが凄く気になって
注視したり、近所のアパートの玄関先を、眼を皿のようにして、
探ってまわったり…もう二度とあんな悔しい思いはしたくない…。

ちなみにだが、靴はその後発見された。

新聞拡張員が、「新聞とってくださいよー」でいつものように
現われる。大体断るのだが、その時は後楽園球場!の巨人戦
ペアチケット!って云う、まさに当時のプラチナチケットを持ってきた!
というから、部屋に入れるとその拡張員は、自分の靴を部屋の
ドアの前に置いた。「あれ….なるほどこいつだったのか...」。

男「へへへ…近頃、こういう共同玄関は物騒だからね…」

私「いいブーツ履いてんじゃねーの、3万くらいするんでしょ?」

男「いやいや、ウチの販売店の学生バイトがね、
田舎の親からこのブーツを送ってもらったんだが、
サイズが合わないからって、先輩、1万で良いから買ってくれって
いうからさあ、まあ見たところ新品だし、7千円なら買ってやっても
いいよ…ってんでね…それが何か??....」

結果から云うと、ブーツは戻らなかった…というか、
今更返してもらっても仕方がないし、犯人のバイト学生に詫びを
入れされるともいってたが、それも固辞した。

別に弁償してもらおうとか、全然思ってなかったし、
今回の件は自分にも、10分とはいえ、玄関に放置したって云う
過失もある。

しかし向こうからすれば、就業時間内の犯行でもあるのだから、
責任の所在をまずは明快にして欲しかった。

然るべき役職の店長とか、所長とか、職長でもよいから
企業として正式に詫びて欲しかったし、それが企業の責任だと思う。

しかし、結局はもう時効だろうから白状すると、
そのおっさんが、自分もそれを買ったことで犯罪に
「加担」してるから、上司には案件を上げきれなかったようで、
そのオッサンの誠意として「新聞を一年分」無料で届ける!」
ということで一応のケリがついた。

自分の性格的にも、そういうイカサマなやり方は言語道断なのだが、
しまいには新聞配達人の悲哀や、生活の苦しさ、ひもじさを
熱弁され、さらにこれがバレたらクビになって、明日から路頭に迷う
…とまで訴えられてしまうと、もはや「ご勝手に」ということで
手を打ったのだが、たぶん自分は、それから3ヶ月もそのアパートには
居なかったように思う。

自分も色々なことで、そろそろ過渡期を迎えつつあった
時期でもあったのだ。

結局東京には、それ以後、35年も居たけれど、
最初に住んだ、あのなんだかやけに夕日の似合う街には、
以後、二度と訪れてない…。

イヤな想い出というほどではないし、実は今の今まで
忘れていたような、かすかな記憶でもある…。

上京した当初は、実際には使えもしない旅行クーポンや
訪問販売の意味の良く分からないサプリメント、存在しない
合唱団(第九、唄ってみないか!=会費2000円)への加入や
妙な保険加入等々、本当に馬鹿みたいに騙されまくった!。
その一つ一つが、たぶん都会で生活することに対する社会勉強
=先行投資で、以後、危うきに近寄らずな、用心深さから、
おかげで、さらに酷い騙され方はしなかった…と思う。

そんな諸々をすべて経験させてもらったのが、あの街なわけで、
まあ、逆に感謝??なのかも知れないなあと思う。
でも、だからといって、また訪れてみたい場所ではないかな...。



今更の、ウレシハズカシ「ロケットマン」である。

エルトンジョンにしては、随分後期!というか
晩年というか、1972年の「ホンキーシャトー」っていう
アルバムに入ってた曲…。

何が晩年で後期かというと、自分はまだ中学生の超青二才
だったけれど、ロックやポップスが、少しだけ解り始めた、
いわば「生意気盛り」…。

いつものような陰鬱さ=深さ…みたいなものが薄れて、
何しろ、やたら明るくてリズミカルで、これまでには
考えられないような軽さの「ホンキーキャット」で始まり
全体的にも明るいトーンのエルトンジョン…!
どうなってしまった?...狂ったの?...いや、これが噂に聞く

大衆迎合というヤツ...なのか?

そんな感じで、我らのエルトンも、なんだか「あっちの世界」の
派手な売れ線芸能界のほうへ、行ってしまったんだね…。

でもこの曲ロケットマンは、以前の彼の雰囲気のままだよなあ..
ああそうか、古いファンと新しいファン…この際どっちも
取り込んでしまおうって…そうか、そう云う魂胆ですかい…!
ってな具合の….、いやはや中学生の感性はいつもこんな風に
ヒリヒリしてる…!?

ソロデビューしたものの、パッとせず、あるとき誘われるまま、
メンバーの大量脱退で困り果てていたキングクリムゾンのヴォーカリスト
として、オーディション参加!クリムゾンの事務所「EG」に気に入られ
早速仮契約するものの、ロバートフリップは大反論!

「あんなカエルを踏みつぶしたような声の歌手なんて無理!」
(ブライアンフェリーも合格したが、クリムゾンにはあわない!と
 フリップ段階で却下…)

というわけで、エルトンジョンは契約手付金を違約金として
600ポンド(一説による)せしめつつ、それを製作中の
「僕の歌は君の歌」の制作費(ヤッパリ、プログレの
サードイヤバンドのポールバックマスターにストリングスアレンジを
依頼している)に注ぎ込んだら、これが大ヒット…。

世の中そんなものなのよねえ…。

というわけで、ああもうエルトンジョンは終った!と、
事情通気取りの中学生に思われる中、(実際には
ここから、超メジャーなスターダムにのし上がるのだが)
唯一の救いだったのがこの曲の美しさ…。

ところが、45年後、こんな取り上げ方をされてしまうとはね…
とほほ…である。

Elton John - Rocket Man


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6 Comments

バニーマン says...""
こんばんは。

まったく今更ロケットマンが話題になるなんて・・・
世の中、何が起こるか分からないって、このことですね(^_^;)

僕がエルトン・ジョンをリアルタイムで聴いた(知った)のは、
76年のアルバム「蒼い肖像」か、ライブの「ヒア・アンド・ゼア」
なので、それ以前の全盛期?のヒット曲はすべて後追いです。
ライブ盤はヒット曲集ではありましたが・・・

そんなわけで、彼を知った時点ですでに、ヒット曲連発の不思議なメガネの
派手な格好のピアノマンだったので、むしろ「蒼い肖像」の販売不振による
落ち目?の始まりが彼の第二期の序章だったような記憶があります。
2017.11.14 19:03 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."バニーマンさん 毎度です"
初めて買ったエルトンのシングルが「イエスイッツミー」で、次が「リーヴォンの生涯」
って、はっきり覚えてるくらいなんで、その辺りのマッドマン〜が全盛期?...
ロケットマンが入ってるホンキーシャトーとか、さらにその後の
ダニエルやクロコダイルロックなんてのは、もはや別人格の
賑やかにハッチャケるヒットチャート男のエルトンで、ブリックロード何てのはもう、
ビートルズでいえばアビーロード的な大団円!そんな感覚なんです。

ちなみにリーヴォンとはザ・バンドのリヴォンヘルムのことって知ったのは、
それから何十年も経ってからのことで、確か、2枚組CDのベスト盤に
その曲が収納された時だったかなあって思います。完全に80年代ですね!。

今でもね、この2曲はかけがえのない曲ですね。

で、ロケットマン....美しい曲なんですけど、今じゃあ、「ショートでファット」な
あの姿しか浮かんできませんよ....困ったものです。
2017.11.14 22:40 | URL | #- [edit]
ギターマジシャン says..."エルトン・ジョン"
エルトン・ジョンというと、ジョン・レノンと歌った「真夜中を突っ走れ」と、映画「トミー」のピンボールの魔術師のイメージで、なぜだかマーブルチョコのめがねをしていたように錯覚してしまいます。

フレディ・マーキュリーのトリビュートライブで、「ボヘミアン・ラプソディ」をオクターブ低く歌い始めたのに驚いて、後半は普通に歌ったりするのだから、出ない音程じゃないのにと残念でした。
2017.11.14 22:42 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."ギターマジシャンさん まいどです"
ウーム、ちょっと哀しいエルトン評ですよね。

10年スーパースター説っていうのがあって、10年毎にポップス界を代表する
スーパースター替わるっていう意味で、1940年代はビングクロスビー、
50年代はエルヴィスプレスリー、60年代はビートルズ.そして70年代は
エルトンジョン!、ちなみに80年代はマイケルジャクソン....

エルトンといえば、自分が中学生の頭くらいから、高校生くらいまでに
ヒット曲を連発してましたから、やっぱスーパースターに違いなく、
ジョンレノンとのデュオ?は、まあおふざけ!だろうし、トミーも映画とサントラ用のゲスト、
フレディーはもう全く知りません。

ですから、ちょっと....驚いちゃいました!。
少し年代が下がるとそういうもんなのだなあと....。
2017.11.14 23:06 | URL | #- [edit]
つかりこ says..."おはようございます"
エルトン・ジョンも全然詳しくないのですが、
初めて聴いたのはこの『ロケットマン』でした。
あれは、アポロ計画で盛り上がっていた頃だったので、
ラジオで聴いたのが最初だったと記憶しています。
その後、『Goodbye Yellow Brick Road』が
日本でも大ヒットしましたねー。
この歌は、一発で記憶に残るメロディラインで、
とても思い出深いです。

おととし、ひょんなきっかけで
『庭から昇ったロケット雲(The Astronaut Farmer)』
という映画を観たおかげで、エルトンの『ロケットマン』に
再会できました。
いまさらですが、やっぱりものすごく歌がうまいですよね。
2017.11.17 08:09 | URL | #- [edit]
pipco1980 says..."つかりこさん まいどです"
まあ自分は、たぶんこのロケットマンあたりで、既に興味を失いかけてますから
あんまり偉そうなことはいえないんです...。

オーディションでエルトンジョンと名乗る男の歌を聴いた
キング・クリムゾン関係者は、クリムゾンがどうのというより、その歌の力に
圧倒的な感銘を受けて、思わず合格させ、即、仮契約なんてしちゃったんでしょうね。
しかしフリップの拒絶で却下。
それから数ヶ月も経たないうちに彼は「僕の歌は君の歌」をヒットさせて
スーパースターになっちゃう....。

全くの余談ですけど、自分が学生の頃、世話になってたプロダクションに、
新人養成契約っていう形でレッスンを受けてた(後に)S子って呼ばれる
福岡出身の女の子が居たんですが、歌はまあまあなんですが、素行が悪い...!
だから社長がそれを戒め、デビュー予定を敢えて遅らせ、彼女の改心を待ってるうちに
S子は、とっとと誘われるまま、他のプロダクションに移籍してあっという間にデビュー!。
すぐさまスーパースターに.......!。

クリムゾンはまあしょっちゅうメンバーが脱退するので、事務所は.
翌年もまたオーディションを行います..。
そこで、ブライアンフェリーという男が事務所側の琴線に触れることになりますが、
ロバートフリップは、またしても「No」.....。
しかし事務員も今度は逃したくないから、フェリーを採用し、彼に別のグループを組ませ
ロキシーミュージック誕生となるわけですね。めでたしめでたし。

2017.11.17 12:26 | URL | #- [edit]

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