ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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祭の質感

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秋田で生まれ秋田で育って、
ハタチ前に東京に巣立ち(?)
50歳を過ぎてどうやら半ポンコツになってまた秋田に仮住いして…
という私だから、昔も今も秋田は故郷なのにどこか

「お客さん状態」

それを自覚することが相変わらず軽く辛かったりする。

子供の頃の「竿燈祭」
開催場所は当時オシモオサレヌ秋田のメインストリート=広小路だった。
今はもう見る事が出来ないお堀の水面に映る無数の燈火の神秘的で
荘厳な美しさを生涯忘れないだろう。
実は無類の竿燈大好き少年だったのだ。
しかしだ、そこで大きな疑問が立ちはだかる。

「何故自分は竿燈に参加できないのか?」

開催会場はホームグランドの広小路なのに、
何故だか周囲に参加できる環境がなく、
小学校では「やりたい」と希望すること自体がタブーのような雰囲気。

「テッポーマチとかね、あっちの方に住んでれば良かったんだけどね…
大人になればやれない事もないから…」
という曖昧さが何とも悲しく悔しかった記憶がある。
地元なのに観光客と一緒に見物するだけが
私と竿燈の悲しい運命…。

やがて大人になり、東京に住むようになっても
そういう状態はあまり変わらず
基本ヨソモノだから
地元の祭があっても部外者として
あくまでも熱くはならずに(なれずに)
クールに楽しむのみ。

一時、勤務先の有志でイナセな格好で祭に参加することもあったが
(高円寺阿波踊りとか地元鎮守様の神輿かつぎなど)
実際にはさほど熱くなる事もなく
正直イベントの企画や催行の仕事も多くしていたから
毎日が祭みたいに変化に富んだものだったし、
「他人の企画や作法」にノットる祭に殆ど興味をひかれない自分を発見するに至り、
以後、クールでフレキシブルな第三者という立場が自分にとって心地良いと自覚した。

だから祭やイベントで「演し物の質や演者の態度=真摯さ、技量、」
「進行のスムーズさ」などで正直「不快」と感じたら速攻で帰宅する事にしている。

つい最近も、とある秋田市内の街の夏祭を初めて訪れたが、
あまりにも見物客を無視した運営方式、
規律を感じない無軌道で粗雑な演し物で
参加者だけが楽しめれば良いという腹立たしいモノに遭遇。
最悪な気分で速やかに帰宅した。

規律と統制と覚悟が伴って、
そこに愛とか優しさ、思いやりに溢れたものが
完成された祭だと勝手に思っている。
自分勝手な盛り上がりが祭だと勘違いしてるヒトが余りにも多いな。
最低限、演者は常にクールでなければならない!
=竿燈も然りだよね!
愛される理由はそのストイックさ。
だから竿燈は好き。

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