ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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センチメンタル・オヤジ

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カワリバエしないハコモノばかりですな。



最近だいぶ慣れたんですがね、なにせ35年ぶりの故郷でしょ!
近所のオッちゃんもオバちゃんもみんな若かった姿からいきなり+35年だから、
どうしてもみんな「特殊”老け”メイク」してフザケてるようにしか感じられないのね。
昔、金座街か銀座街かで食堂やってたババなんか未だ健在で、
昔と場所は違うけれど同じ看板の店に居たりして、
正直苦手なババだったけど、生きていてくれたのがどうにも嬉しい。

もう50年近く前から灰色の地味な割烹着&パンチパーマババだったのに、
今も当時と大して変わらないパンチババな姿にうれしくてうれしくて笑いが止まらない。
勿論ババは、このオヤジ気色悪いな、頭おかしいんと違うか?と思ってるだけだろうし、
目の前にいるこのオヤジこそ、アナタが掃除のハタキを掲げて
「このイタズラクソガキ」と追っかけたイガグリボーズとは気付くまい!であります。

なんだかね、昔の街のたたずまいとか、ヒトたちの活気、
息づかいなんかが突然リアルに甦ってきて、
ふとFONTE秋田横の駐輪場入り口あたりで、
ここらがババの食堂があったあたりかな?とか思うと、
どうにもヤルセナイ気持ちになるわけです。

去年の震災直後、まだ東京にいるときだけれど、
用事があって有楽町(五丁目の先じゃないよ!)の大昔の勤務先があった辺りを
数年ぶりに行く機会があったのね。
当時は燦然と輝いていた「某Wプロダクション」の社屋も
今は5階まで全てナンチャラエコーなるカラオケ店!
ここの3階の総務部に呼びつけられ、
今の家人との事で部長にさんざん怒られて

「俺の前に二度とそのツラ見せるな!」

との生まれて初めての言葉を浴びせられて相当なショックを受けたっけ!
なんて思い出したくもない記憶が走馬灯のように甦る。
何チャラエコーの派手な看板の前で妙にセンメンタルになってるオヤジってのも
さぞやキッカイな姿だったろうなとも思うが、
歳をとるほど感傷的な事も増えるわけです。

アナタも古いビルの前なんかでセンチに耽ってるオヤジを見掛けたら
不思議がらず、おっさん、泣いたっていいんだぜ!
なんなら胸貸したっていいんだぜ(女性なら尚良し!)
くらい思いながら、出来れば見なかった事にして、
そっと静かにその場を立ち去っておくんなさいな!なんてね。
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2 Comments

朴狸 says...""
この樹の向こうにはなんにも見えなかったんだけどね。
電車の架線がごちゃごちゃと…

手形堀端(だったかな?) 曲がってすぐにカラフルな灯かりが良かった。
寿司屋に入り浸り、その先は何にも無くなっちゃったようですね、影がなくなります。
ラーメン屋も美味しいのが在ったけど、名前が…ボケ交じりです^^;

そういえば、浅利香津代の生家が在ったんですよね~最近秋田に出没。
しっかりとした脇役が多いのが本県の役者さんの特徴?かも…三船さんは別として。

戻られてもコチラを主題のブログ継続ですか? ココでチョン!? へば。
2012.07.16 09:58 | URL | #YDOxSa4Y [edit]
pipco1980 says...""
>朴狸さん 
浅利旅館は手形堀端へ入る道(リボン角)の広小路を挟んだ向かい側にありましたね。

いやはや師匠のブログに触発されて感傷的な今回になっちゃいましたよ。
2012.07.16 12:19 | URL | #- [edit]

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