ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
MENU

創世記?

DSC07125.jpgLeitz ELMAR 5cm/F3.5 (1939)

毎度同じような写真で申し訳ない….。

当然ながら、現代レンズの超精彩な表現力には
遠くおよばないけれど、85年ほど前に開発され、
その時代、世界中の、貴族も、成金も、軍属も、
市井のあらゆるカメラ好きが憧れた、その独特の陰影を象る
世界観というか、やや癖のある表現力を、
厳密にいえばフィルムではないから、そのものズバリでは
決してないのだけれど、ギリギリ近づけている実感が、
なんだかとっても嬉しいのだ。



我が県の男子中高生の野球部員率と、女子のバスケ部員率は
全国第一位らしいのだが、サッカー部員率は、何と47位…。

個人的には、そんなちょっと情けない県下でも、
一応は強豪といわれる中学サッカー部に、私は身の程知らずにも
入部してしまうのだ。

サッカー部は、その時期まさに全県優勝校の
ディフェンディング・チャンピオン。

その翌年から全国大会が始まって、私の一コ下の学年は、
全国ベスト8(優勝校にPK戦敗退)。

基本的に入部した一年生の一学期中は、ただただ先輩たちの
コンビネーション練習を横目で観ながら、我々はひたすら
グランドの周りを延々と走り続けるのみ。

格好だって、普通に体操着に、部で指定された、そこの薄い
運動靴。やはり自分たちとは違う集団を形成しグランド周回
し続けている、野球部新入生は、まだ野球の格好をしているだけに
体操着の自分たちには、プライドの欠片も無く、ただただ
惨めな気持ちで走っているのだ。

さらに精神的に追い討ちをかけるのは、何人かは、
小学生時代のサッカーエリートで、同じ1年生なのに、
我々とは別メニューで、先輩たちと練習の輪に加わることが
赦されてるから、粛々と走りながらも、
それが羨ましくて仕方がない。

俗に下級生や補欠は「球拾い」などといわれるけれど、
我々レベルは、球を拾っても、それを蹴り返したら、
別の蹴りが飛んで来る。丁寧に手で拾って
手で返さなければならぬのだ。

我々がボールに触れられるのは、練習終了後、
一年坊が各自、部のボールを持ち帰り、入念に磨く為に
持ち帰る時のみ。

だから帰宅後、または帰宅前に、既に日も落ちかけて
薄暗いグランドに居残って、そのボールを各自が自由に蹴って
練習することが、可能になるのだ。

さてボール磨きである。今と違ってサッカーボールは、
数日で表面の白い塗装が剥げてしまって、牛革の地の
ベージュが露出し、さらにそれが茶褐色に変わり、
黒色の五角形と本来白色の六角形の区別がつかなくなるくらいの
色目になる。

我々の伝統(?)は、ワックスなどは一切使わず、唾を掛けて
乾拭きし、焦げ茶のテカリと風格(?)が出るまで
強く磨き続けるのだ。

しかし、そうそう唾など出ないから、ついついお茶を飲むなどして
無理くり唾をかけるのだが、水分が多いと、光沢が出てこないから
不様な感じに仕上がってしまうと、翌日、ボール検査委員?の
2年生部員に「たるんでる!」だの「お前の一生懸命さが見えない!」
などとキレられては、パーで殴られる…。

ちなみにパーは勿論「微罪折檻」。
重罪というか、先輩の怒りを買ってしまえば、容赦なくグーで殴られる。

大概は、挨拶が悪いとか、態度が横柄だったとか、
先輩の言いつけを守らなかったとか…。

基本的にグーで殴られると、一瞬口の中が切れて、
血が出るけれど、すぐに止まるし、痛みも続かない。

ところが、夕飯中に急にしみて痛みだしたり、翌朝
腫れてたりもするが、それを問題化させることは無いまま、
それでショックを受けた者は、静かに部を辞めてゆくだけ。

それでも辞めずにいる者は、そんな先輩たちに対して
たぶん生まれて初の感情「殺意」さえ抱くこともあるけれど、
こんなに苦しい練習を、これまでしてきたのが無駄に終わるのが
悔しい(走っただけだが)…たったそれだけの理由で、
またひたすら走り続けるのだ。

そうしたわけで、4月の段階で50人はいた新入生も、
市内のリーグ戦が始まる6月頃には、20人くらいに落ち着くのだった。

そして、その20人のうち、大体自分が、スキル的にどのくらいの
位置にいるのか?が、なんとなくわかってくる…。

うわあ、ヤバいぞ…たぶん自分よりヘタクソは、
下には3人くらいしかいないぞ!っていう、
絶望的な位置から始まって、後は個人練習も含めて、
強烈な向上心を持って、自分を鍛えつつ、一人越し、二人越し..
そういうことを実感しながら、ただひたすら、イヤラシいけれど、
ライバルを蹴落として行くしか無い。

生まれて初めて先輩たちに対しての「憎しみ」「殺意」を
経験した後、今度は仲間同士の「熾烈な競争」を、
ここで経験するのだ。

20年後、私は大人のサッカー部を作るのだが、
その時の心情は、みんな仲良く、心からサッカーを楽しめるチーム!
だったが、その心情は、中学時代の熾烈な競争論理=
チームメイト愛?イヤ、みんな白々しい笑顔で接しているが、
本質は、転けてしまえば嬉しい「ライバル関係」。

そんな経験と、トラウマが下地になって、そう言うことから
出来るだけ離れたかった心情からのものだったと思う。

やがて、リーグ戦が始まると、さすがに一年坊たちのモチベーションは
突然最高潮を迎える。やはり試合になると、普段は殺意を抱く
ような粗暴な先輩達も、やはり同じチームの選手という一体感が
奇しくも生まれてしまうのだ。

自分は、今はまだオフサイドも良く分からないぐらい
何も出来ないけれど、早ければ来年にも、同じピッチで
チームの為に働くのだ!活躍するのだ!と一年坊のモチベーションは
マックスになるのだった。

そんな感じで、中学一年坊の、長い長い一学期は終り、
さらに怒濤の夏休みを迎えるのだった…。



そんなサッカー三昧の日々も、だんだんと時間のマネジメントが
器用に出来るようになると、結構レコードを聴く時間も、
ギターを弾く時間も、その他諸々、英語塾にだって通ってたし
様々なことが、随分とどん欲にできるようになるから、
今にして考えても、その多忙さたるや、どうやりくりしてたのか
謎でもある…。勿論深夜も、ラジオにかじり付いて聴いてたし…。

そんな中、何故だかこの頃に初めてマイルスのレコードを買っている。

On The Corner…

実際には、小学生の頃に、既に家には、マイルスの「Kind Of Blue」や
「Nefertiti」が何故だか置いてあったから、なんとなく
聴いてはいたけれど、それはあくまでもコンテンポラリーな
ジャズトランぺッター=マイルス・デイヴィスのサウンド…。

勿論「モード・メソッド」なんて当時は全く分からない。
今でも、分かったような分からないような、情けない感じだけれど...。

70年代になると、ロックビジネスが突出した産業に成長。
それにうまく乗じてマイルスも売り出そう!って分けで、
ロックフェスなんかに出演が多くなり、どうしたわけか
ひたすら8ビートのエレクトリックサウンドに傾倒するマイルスと、
産業界の思惑その通りに、うまいこと誘導される
日本の最果てのサッカー少年の中坊…。

そういうわけで、ある日、ゲバ学生だった叔父も、
無事大学を卒業して、給料取りになると、

「おい、レコード買ってやるぞ!何が欲しい?」

っていわれると、ちょっと叔父に対して背伸びしたくなって、
このレコード(最新盤)を所望したというわけ。

まあジャズレコードは、その少し前に「リターントゥーフォーエバー」
を入手してたけど、今考えてみると、RTFもマイルスも正当な
ジャズじゃなかったかもね….?。でも自分たちの時代は確実に
こうした電化サウンドが、まぎれも無く最新最先端のジャズだったことは
もはやいうまでもなく、何故だか誇らしい気持ちと、ホントはとても
厄介なサウンドと格闘していた中坊なのである。

Miles Davis - Black Satin


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

折角の人生経験だから....

DSC07168.jpg
Leitz ELMAR 5cm/F3.5 (1939)

エルマー(F3.5)は、意識的にモノクロで使うことが
多いんだが、カラーもなかなかどうして、
いい具合に…不気味でオドロオドロしい。


迂闊にも風邪をひいてしまった。

困ったことに、オンボロボロな心肺機能の為に、
風邪は、なんだか普段とは別の、とてもややこしい感じで、
自分の心身を圧迫して来る。

困ったことのその半分は、一向に下がらない熱のせい
(高熱ではない)による、いつもとは違うタイプの目眩いと、
レギュラーな目眩いの両方が、同時多発的に発生したりすると、
言うなれば、縦ゆれと横ゆれの地震が同時に起こってる感じ。

しかも、それが寝ている間に起こると、360度宇宙遊泳みたいな、
そんなヤバいクスリ要らずな、得なのか損なのか、全然分からない
天地無用さは、やっぱり気分が良いはずがない。

最後は、実際に経験はないが、ちょうどエレベーターの床に
ペタリと横になって、上がったり下がったり…
っていう感覚が、ちょうど宙に浮いて上昇と下降を繰り返す
そんな感じ。

特に、下がる時の「落ちてゆく感」が、絶妙かな…?

まあ、折角だから、それも人生経験…なんてね…
努めて前向きに考えるようにしてはいるが、
なんだかラリパッパな話みたいだね…

どうぞ誤解なきよう。



具合の悪い時は、尖った音楽ではなくて優しい音楽を…

ビーチボーイズのソングライティングといえば、もっぱら
長兄のブライアンウィルソンのみだと思っていたら、突如
意外な伏兵が、もはや奇蹟に近い名曲をグループにもたらした。

ブルースジョンストン作の「ディズニーガール」。

Bジョンストンといえば、そもそもはブライアンが神経衰弱(?)
がモトで、ツアー参加をいやがり、その代わりにグループが
ツアーに出ている間に、楽曲作成+レコーディング(カラオケ?)を
完了しておく言わば分業制が確立しており、そのため、
ブライアンのトラというか、ツアー用のベーシストとして雇われ、
その人格的な温厚さから、バンド内の様々な恩讐や軋轢にも屈せず、
また誰にも偏って組せず、いつもニコニコ公平な態度が好まれて、
以後何十年もグループに居続け、コーラス面でも重要な役割の
もはや欠くことが出来ぬ正式メンバー!。

そんな遠慮がちな彼が、70年代の、ちょうどバンドの停滞期...
というか、もはやビーチボーイズなんて古いぜ!何ていわれた
時代に、突如、そういう隙間を縫うように、ひっそり
発表されたのがこの曲…。

あっという間に、ビーチスはもとより、様々な歌手たちに
カバーされ、作曲家としてのブルースジョンストンの才能が
認められるのだが、さて、彼は単なる一発屋だったのか?
それともまだ、ややこしいビーチボーイ一族に気を使って
作らないのか…?

本当のところは誰にも分からない。
以後、Bジョンストンに、これ以上の目立った曲はない。

そういうわけで、奇蹟の名曲!...だと思うのだがどうだろうか?

Beach Boys - Disney Girls


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

簡単な男

DSC07310あ
P.Angenieux Paris Anastigmat 45/f2.9(L)(1949)

アンジェニューのド古いレンズ(スチル用)は、
ファインダー越しの段階で、既にゆるゆるふわふわ、
ぼんやりしているから、手動焦点合せは、あまり
考えすぎず、「まあ…この辺だろっ!?」っていう
見切り発車が肝要。

だから神経質すぎる人には、絶対シャッターは
押せないレンズで、自分のようなズボラな向きには
いい加減なわりには、時々、ハッとするような
写りに驚かされつつ、ついつい、己の才能に
自惚れたりすることもあれば、全くその逆もある…。

つまりは一筋縄ではいかぬ、じゃじゃ馬レンズ。

だから面白いんだが、ヤッパリね…
ここ一番の記念写真とかは、そりゃあ敬遠するわねえ。


私が大学浪人の予備校生だった時まで住んでた
実家は、当時はまだ普通に木造モルタル二階建て…
だったけど、一階の道路面を、骨董屋の店舗に貸していて、
その裏側の、廊下を挟んだ奥に我が家のリビングがあって、
あとはその廊下を進んで2階の一番奥が私の部屋…。

基本的に店舗の為に、鍵は掛けない家…。

私が高校生のときから母も外で働くようになったから、
二階の奥の部屋は、もう出入り自由の溜まり場状態。

私が在宅だろうが、留守だろうが、全くおかまいなしに
友人やら、友人の友人や、時々、全然知らないヤツまでが
どんよりと溜まってる....。

別に忍び込んでくるわけではないから、
大音量でレコードを掛けてたり、
エレキギターも大音量で弾き放題らしく、
自分の知らないところで、ご近所から大クレームを
いただく日々…。

「音楽に熱心なのは良いことだと思うよ!でもなあ、
ウチ、知っての通り、寝たきり老人が居るからさ、
もうちょっと静かにさ…なあ頼むよ。」

最近、そんな昔の仲間と酒を酌み交わしてたら、
驚きの新事実…。なんと、私の部屋だけでなく、
リビングにまで奴らは侵入し、冷蔵庫とか
いろいろ勝手に食ってたらしい…!。

イチゴとか、スイカ、前夜のカレーの残り、そして
箱買いの明星チャルメラまで、奴らは平らげてた…
ちょっと啞然...。

レコードや本なんかも、どこまでが自分もので、他人のもの
なのか、もはや判然としないほど、たくさん(無断で)借りて行かれ、
また、知らぬうちにどんどん増えてたりする…。

勿論キチンとメモは残しておいてくれよ!っていうのが
最低限のルールだったから、誰が何をいつ持っていったかは
分かるようにはなってはいたが、いかんせん、知らぬうちに
勝手に増えたものに関しては当然与り知らぬところで、
メモに….

「10/5ドンチェリーとマークアモンド借りた・ヨシオ」

そんなメモがあったにしても、「ドンチェリー…なんだそれ?」
「マーク/アモンド…うわあ、聴きたかったのにい!」って具合で、
誰かが勝手に持ってきて置いていったくれたものが、
私の帰宅を待たずに借りられてしまう…そんな事態も発生するのだ。

ある日、一度しか会ったことがない、別の高校の「友達の友達」
というヤツが、帰宅したら部屋にひとりでいた(それはそれで不気味だが)。

ヤツは私に1枚のレコードを手渡した。
Nicoの「The End」っていうアルバム...。

実はNicoはとても気にはなってたアーティストだったのだが、
ヴェルヴェッツ以降は、しっかり聴いたことがなくて、
ああ、ヤツはこれを貸してくれるためにここに来てくれたのか?
有難いなあ...って喜んでたら、事情は少し違った。

ヤツが前回私の部屋に来た(らしい)時に、レコード棚から、
King Crimsonの「Earthbound」を見つけると、ヤツは
もう堪えることが出来ない衝動に駆られ、同行した私の同級生に
借りて行く旨を伝えて、それを借りて帰ったのだそうだ。

ところが、それを私もよく知る「ロック喫茶=てんぐのうちわ(!)」
で掛けてもらって聴いてたら、顔見知りの別のお客が、
どうしてもこれを、自分ちのオープンリールで「録音させてくれ!」
と懇願するのだそうだ…。
(まだ輸入盤店がタダの一つも存在しない田舎ならでは…である)

その顔見知りの家はすぐ近所だから、1時間だけ「頼む!」といわれ、
ヤツは渋々了承したのだが、遂にそのお客は戻っては来なかったそうだ。

ヤツはヤツなりに相当悩んだらしい。
大袈裟なヤツで、死んで詫びることも考えた!?とのことだが、
共通の友人に相談すると、

「ああ、Pちゃん?アイツならさあ、なんか気に入るレコードでも
持ってきゃあ、赦してくれるよ!そうだな、オマエさんが
持ってる中では、Nicoのあの新しいヤツ…The End…だっけ?、
あれなら、絶対に気に入ると思うよ!?」

で、まんまと…単純に小躍りして喜ぶ私なのであった….。

今更どうでも良い話ではあるけれど、一応レコーディングメンバーは
Brian Enoがシンセサイザー、Phil Manzaneraがギター、
そしてJohn Caleがピアノやベースやパーカッション等々…。

プロデュースは、実は今の今まで勘違いしていて、
てっきりEnoだとばっかし思っていたら、
何とジョンケイルだった。

やっぱ、ヴェルヴェットアンダーグランドゆかりの人の方が
馴染みは深いのだろうか…??

Nico- You Forget to Answer


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

わしらは改革派!

DSC06888a.jpg
Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

ゲイノー界を追い払われ、やむなく流通の業界に入った私。

その時点では、業界のカーストというか、食物連鎖の
その頂点にあるのが、「百貨店」という巨塔だった。

流通関連業者として、百貨店という舞台を得られることは、
最大のステータスであり、会社の経営面でも安定を意味していた。

百貨店には、たくさんの集客力があるから?

それもあるけれど、隠語としてよく云われるのは、
一流百貨店には「クジラが回遊してる」…ということ。

それも「運転手付きのベンツに乗ってやってくる、
光りモノをジャラジャラさせたごっついクジラ…」。

しかし裏を返せば、百貨店は度を超した
「お客様第一主義」に陥っていた。

万引き犯を追いかけ、捕まえたら、カバンの中からザクザクと
値札がついたままの盗品が….ところが、百貨店管理者側から
叱責されるのはなぜか捕まえた業者側の私…。

お客様に謝罪しろ、土下座して謝れ、菓子折り持って
お宅まで謝罪に行け。何としても「お客様」のお怒りを鎮めろ!....。

事勿れ主義?

私が業界に入って、まださほど日が経たない頃、
百貨店経営陣側の大スキャンダルがあって、店舗は一斉に
「お詫びセール?」ということで、大バーゲンを展開した。

当然、我々業者も、これまで5千円で売ってたモノも1千円程での
大廉売に嫌が応もなく協力させられた。

セールに集まるお客様は、普段の客層とは相当違って、
物見遊山な感じの、なんだかイヤな感じでもあったのだが、
そこで事件は起こった。

今は流通してない、ヨーロッパの銅貨コインに金張りをした
タイピンか何かだと思うが、日本橋店でそれを1千円で購入したオッサン…
いやいやお客様は、何を勘違いしたか、すぐさま御徒町辺りの
貴金属買取りショップに向い、その1千円の金張りコインを
鑑定→アワヨクバ換金しようとしたらしいのだ。

改めてそこで金張り=金メッキと知ったお客様は、
百貨店の経営上層部に直接クレームを入れたらしい。

「騙された!とんだ偽物を掴まされた。インチキデパートめ!」

元々スキャンダルに塗れて苦しむ百貨店は、
我々に通告するより先に即行動を起こし、なんと「本物」の
金製品(5万円相当)をオッサンに、いやいやそのお客様に進呈し、
事をおさめたのだそうだ。

勿論、無条件で、我々から5万円を回収する百貨店。

それでも、泣き寝入って百貨店様のなすがまま…
それが業界の慣例らしいのだが、
私にはそうは思えなくなっていて、
「脱百貨店」的なマーケティングを起草し、
実行に移し始めるのだ。

ターゲットは当時拡大を続けていた「駅ビル」や渋谷辺りに
出来つつあった「ファッションビル」など。

それぞれのテナントは小規模店に違いないが、
今は全国10店舗だが、2年後には30店舗、
5年経てば50店舗…。

百貨店に比べれば、客層も若いし、単価も低いかもしれないが、
流行にはより敏感で、反応も早い。

我々の脱百貨店作戦…実は社内も外も、最初は散々な評価で、
気が狂ってるとまで云われたりした。

あいつは百貨店の「付加価値」「プライオリティ』が分かってない。
絶対失敗する…駅ビルなんかにやってくる若いOLとか、総じて
貧乏人なんか相手にしちゃ駄目だ…。

いつしか社内には「百貨店事業部(守旧派)」と
「チェーン店開発事業部(改革派)」というのが並列し、
何とはなしに競うような形になっていた。

思惑通りに。百貨店文化は、80年代の途中くらいから、
急速に衰退した。

そして国鉄からJRに経営母体が替り、駅ビル等をさらに
整備して利益幅を拡げようという気運にもうまく乗って、
当社の事業規模も、あっという間に数倍に膨れ上がった。

当然、我々の築いた道とはいえ、それを後から追いかけて来る
ライバル業者も多くなったから、競争力を増し、差別化を図る為に、
毎月の商品企画会議が、毎週になり、やがて殆ど毎日になった。

そうやって金が余り始めると、経営者と云うのは、
仕事自体よりも、その有効な運用というものに興味が移るらしい。

時折しもバブル景気....。
気がつけば….既に末期症状!?....。



わりと久しぶり….といっても数ヶ月ぶりだが、
Frank Zappaの新作…というかアーカイヴが発売された。

例によって腹一杯のヴォリュームのボックスセット(やれやれ)。
1977年の、恒例ハロウィーンライヴ@NYパラディアム
4日間全6公演コンプリート…!

Zappaの場合、1公演でもCD2枚組のヴォリュームは
楽にあるから、おいおい、何枚組になるんぞや?...と思ったら、
今回はメディアが「USBスティック(!)」だって…。
(ダイジェスト版としてCD3枚組も用意されてはいる)。

それに、オマケかメインか分からないけれど、ハロウィーン用に、
Zappaのお面と、裸イラストTシャツのザッパ扮装セット付き...
(いらねーな…)

内容はもう映像の方でお馴染み「Baby Snakes」の
音の方の完全版ということになる。

この時期は、テリー・ボジオとパトリック・オハーン以外は、
加入したばかりの新メンバーなのに、既に完璧にサウンドが
練れていて、エドリアン・ブリューなんかも
加入したばかりなのに、ギターにハモニカに唄に踊りに、
相当の熱演である。

何しろ全6公演では、たくさんの曲が演奏されているけれど、
本日はたぶん中でも一番セコいというか、ザッパにしては
相当に塩っぱい曲を、敢えて紹介する。

たぶん…この時代、ザッパの音楽自体は、とても充実していたのだが、
所属レコード会社と例によって契約問題等々でモメて、
結局「Zappa Records」っていう自主レーベルをまたまた
立ち上げることになって、そうなると、資金稼ぎの為に
シングルヒット…欲しいよね!ってわけで、
随分とポップというか、小さくまとなった感のあるDisco Boy…
なんつってね...ヤレヤレ...なんざんすね、これが…。

日本公演はこの前年だったわけだけれど、この時はまだ
その前の新バンドを結成したばかりで(結局失敗バンドだった!)、
正直に云うとサウンドは全然練れてなくて、ちぐはぐさの
目立つ、ザッパらしくないなあって部分も多々あったわけだけれど、
そんな時も、ひとり気を吐いてたのがこのテリーボジオ!。

なにしろ彼の太鼓は音がデカい!。
PA的な音量がどうのというのではなくて、
音に、圧というか力がみなぎっているから、何しろ
音楽に与える活気がもの凄い!。

その上で.彼の天性のノリというか、グルーヴ感に
バンドはかなり助けられていたように思うけれど、
77年のこの時も、冒頭のドラムの異様なノリと
R&Rなビート感には畏れ入る。

そして名手オハーンの、ウネウネと絡み付くベースも
大好きだし、ブリューの意外に堅実なプレイも何故か笑える。

ザッパによる、ちょっと困ったセコい曲も、なんだか
この3人だけで完璧なノリのR&Rに変貌…いやはや凄いな!って、
感じ入るわけです。

それにしてもこのハロウィーンメイクのお客のオネーチャンは
仕込みなんだろうか、ホントに客なんだろうか???

Frank Zappa - Disco Boy


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

奇妙な行動

DSC08030.jpg
Carl Zeiss Jena 'Tessar' 2.8/50 (1960's)

まあまあ晴れてはいるんだが、光の量が夏に比べて
半分くらいに落っこちている。

はてさて、小春日和(寒いが)とはそんなものであったかと、
もうだいぶ長く生きてきてるのに、近頃やっと
そういうことに気付き始めた、相変わらず情けない
ポンコツオヤジなのである…。

ちなみに鷹の眼!といわれるほど、シャープな画で
おなじみ(?)のテッサーだが、あいにくと自分が
ヤフオクで買った時は既に「絞り羽根」が壊れていて、
開きっぱなし!(たまに動く?)だから、常にF2.8固定!。

だから、未だにテッサーの鷹の眼たる由縁というか
真価を、自分は知らないままだから、自分にとっての
テッサーとは、わりとふんわり柔らかい写りのレンズ…
鷹の眼というよりは鳩の眼(?)と、ちょっとおかしな
評価だったりするのだ。



今年になって急に、間もなく84歳になる母親が、
惚け始めている。

殆ど毎日財布をなくす…。部屋の外に出てないから、
家のどこかにある筈なのだが、なくすのだ。

これまでの発見場所から、概ね推測する。
一番多いのが、冷蔵庫の中。二番目が洗濯機の脇。
さらに靴箱や、ベッドの下、何故か猫の缶詰や
トイレ用品を収納してる箱の中だったり、階段に
落っことしてることもある。

そして何より私が最も危惧しているのが、
ゴミ袋の中…。それも過去に何度かあって、
おかげで毎日のゴミを捨てる際には、
財布の所在をかならず確認せねばならなくなってしまった。

で.本日は…昨夜一晩捜しても見つからず、殆ど
諦めかけていた今朝になって…戴きモノの
「薄皮饅頭」の空箱が、冷蔵庫の上に無造作に置いてあったから、
捨てようとしたら、あれっ….中に何か入ってる!?....
で、財布発見…。中には絶対財布に入れるなとキツく
私が云ってたキャッシュカードや通帳までご丁寧に入っている…。

長年の習慣は分からぬではないが、長年経験しえなかった
脳の変調が今まさに…。そこをしっかり理解して欲しいのだが、
分かってるのか、分かってないのか?..。

東京にいる家人に云わせると、絶対に怒ったり怒鳴っちゃ駄目だ!
って云うけれど、自分にしては珍しく、イラついて怒鳴ったり
してしまうのが現実だ。

特養系の施設とか、老人ホームでのイジメというか、暴力問題が
頻繁に報道される昨今だし、何故、自動車教習所の教官は、
他愛ないことで、あれほど興奮して怒るのだ?....何て思うけれど、
時々、ハッと我に帰ってみると、案外、他愛ないことに大興奮して
怒鳴り散らす自分に気付き、何とも云えぬ後悔の念に
襲われたりするのだ。

怒りのメカニズムって、経年劣化によって、何かが欠乏した結果だ
って、何かで観たか聞いたかしたことがあるけれど、
なんだったっけね?....何て思う昨今なのである。



別に自分はジャクソンブラウンのファンというわけではない。
しかし全くの例外というか、この曲での「化けもの」こと
デヴィッドリンドレーと共演したこの珠玉のテイクだけは、
たぶん、自分の人生を通じて、最高の演奏ではないか!
とさえ思う「名演」でありつづけるのだ。

高校生の頃は、うっすら、「ジャクソンブラウン?あああの
”気楽に行こうぜ"(TakeIt Easy)の人ね!」...と、
漠然と存在は知っていたけれど、アルバム丸ごと聴いて、
惚れたアーティストではなかった。

確か、当時はまだNHK-FMで.夜7時から50分間は、
平気で話題の新作ロックアルバムが1枚丸ごと
STEREO放送されていて、格好の情報源だったし、
これの為にしょっちゅう1本900円也の、高価な
7号リールのオープンリールテープを買い求めていた気がする。

プロ用のツートラ・サンパチ…というわけにはいかなかったが、
半分のスペックの4トラ19…っていう一般的なポテンシャルだと、
テープの表と裏に約2枚のアルバムが収納できるし、音質も
勿論レコードに匹敵…というほどではないが、カセットよりは
はるかに良い!ってことで、大事なエアチェックはオープンリール.
それほどでもない、もしくはAM放送はカセットテープでって言う
使い分けが出来ていた時代だった。

これで、ある夜、ジャクソンブラウンの新作アルバム
「Late For The Sky」の放送に虎視眈々、オープンリールの
cueボタンにヒトサシ指を掛け、準備万端、備えていたのだ。

しかし、アルバム冒頭のタイトル曲を聴いた瞬間に、
はっきりと感じたのだ…このアルバムは、何としても
買わねばならぬ!。はっきりと、自分を呼んでる声が
聴こえる!買わなきゃ駄目だ!そしてこのサウンドを
心して学ぶべし….と!

当時所持してた日本製G社のレスポール型のエレキギターと、
楽器屋に行って買い求めた、ガラス製のボトルネックで、
1音1音コピーして練習するのだが、どうしてもうまく再現が出来ない。
レコードのような、柔らかくて太い音が出せないのだ。

しばらくすると、デヴィッドリンドレーが弾いているのは、
ナショナル・ラップ・スチールっていう、ハワイアン用の
いわゆるペダルスティールではない、膝の上に乗せて使う
スティールギターだと判明…。そう云えばビートルズ映画の
Let It BeでジョンレノンがFor You Blueで使ってたあれか!

そんなことで、いつの間にか、あっさりと
諦めちゃった気がする…(情けないね)。

しかし、この時の名演再び!とばかりにリンドレーのアルバムは
新作が出る度に聴いてきたのだが、一向にこの時を上回る
(と思われる)ものがないのだ…。

80年代に、アムネスティだったかなんだか忘れたけど、
神宮球場でロックフェスティヴァルが開かれて、オオトリこそ
ピーターガブリエルだったが、昼間の早い時間帯に、この
ジャクソンブラウンとデヴィッドリンドレーのデュオステージに
自分は異常な好奇心を持って現場に臨んだのだが…
普通にドブロのスライドとかでお茶を濁されて、
まったく期待に添うものではなく、それ以外のライヴレコードや
海賊盤にまでも、くまなく耳を傾けたが、このレコード以上のものに
ついぞ出会ったことがないのだ。

それだけこれが「奇跡の名演」って事なのだろうか??
まあ、そういうことなのだろうね…。

Jackson Browne - Late For The Sky


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
ブログランキング・にほんブログ村へ