ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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危険な季節

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Carl Zeiss Jena 'Flektogon' 2.8/35 (1964)

高校を卒業した私は、昔風に云うと、
大学入試に「滑って...」浪人することになった。

たまたま実家の近所に予備校があったから、
そこに取りあえず通うことにした。

田舎の事だから、大した選択肢もないのだが、
東京の有名予備校に入学(?)できる
裕福な家の子弟もいれば、ただひたすら
孤独に「宅浪」を決め込む奴もいたが、
結局、輝かしい成果を発揮するのは
そうした強い意志の、上京組と宅浪組。

自分のような怠惰な地元予備校組は、勿論、翌年、
立派な国立大学に合格する者も居るけれど、
途中で試験は試験でも公務員試験に切り替える者も多いし、
三流私立大でOK!?って早い時期に諦める手合いもいる。
そしてさらには、パチプロと化すか、立派な雀士となるか、
さもなくば夜の世界の住人となったり、ケチなバンドマン・モドキ…
に成り果てるか…!?。

そんなある時、その導線はまったく記憶にないが、
たぶん友人に誘われ、私は、とあるオンボロアパートの六畳一間にいた。

部屋の奥の窓ぎわの万年床には、髪が胸元にまで垂れた、
たぶん自分より3つ4つ年上の「キリスト?、いやヒッピーか?」
っていう風体の男が、布団の上にあぐらをかき、西日を浴びながら
一心不乱にエレキギターを弾いていた。

エリッククラプトンの「何だっけこれ!?」って曲?
(たぶんクリームのSitting on top of the World)で、
相当に自己陶酔中のその男を、私は何となく行儀良く
正座しながら聴いていた。

すると、彼のギターのヘッド側の「押し入れ」の襖が
唐突に開いて、中から一組の男女が、今まさに目覚めた
っていう風情で出てきた。

男性の方は知らぬ顔だったが、女性の方は見覚えがあった…。

中学時代の、当時はまだロック好きの…確かT.Rexが好き!
なんて云ってた少女の、それからたった3年か4年後の、
随分と(言っちゃあ悪いが)うらぶれた、安手の繁華街の女...
そんな感じになっていたのと、ちょっとあり得ないような
登場の仕方で、俄に混乱する自分が居た。

しかし向こうは、こちらを見ても眉ひとつ動かさず、
素知らぬ振りをするので、自分も知らぬ振りを決め込んだ。
きっとそうすることが礼儀なのだろう、こういう場合は…?
なんて、ちょっと自分も大人の振りをしてみる…。

押し入れから出てきた男が、私に云った。

「ココに連れてこられたって事は、君、楽器は何弾くの?」

というので、何となく自分がココに連れられた意図を察した。

「ギターだよ」って答えると、彼は無言で押し入れの中から
エレキベースと、小さなベースアンプを引っぱり出し、
私にそれらを手渡しながら、しきりに、向い側で自己陶酔している
ヒッピー氏を指差すのだ。

彼に合わせて弾けってことか…。

どうって事ないブルースだし、ならばジャックブルースなみに
精々煽って挑発してやるか!と、攻撃的な感じでブブブバババと
弾き出すと、ヒッピーは初めて顔を上げ、私を一睨みした。

まずい、怒らせたかな??

するとヒッピーは様々なパターンの曲を次々に繰り出して、
今度は私を挑発する…..私も負けずについてゆき、やり返す…

演奏が終ると、ヒッピーが初めて口を開いた。

「じゃあ、出掛けるぞ…ついてこい」

私はケースもない裸のSGベースと、Guyaの小さなアンプを持って、
2kmほど歩いて辿り着いたのが、大通り(広小路)添いの喫茶店。
えっ、なに、ライヴ? 曲は、譜面は?

ヒッピーさんはまたしても何もしゃべらないまま、演奏が始まり
私は彼の指先を見ながら、キーを知り、あとはテキトーである。

今度はクラプトンでも、ジェフベックでもない、何やらフォーク調の
オリジナル曲?(実際には、PYGとかGS絡みのカバーらしい)
さて、上手くいったか?….いや、上手く行くはずなんて
絶対にあり得ない。何しろとても後味の悪いステージになった。

もう二度とこんな惨めなステージなんて…と思うのだが、
その後何度も呼び出されては、絶対に納得できない、
常に準備不足すぎる仕事の仕方?に手を焼きながら、
何となく…このまま自分は駄目になって、埋もれてゆくのか?…
いい加減で無責任な職業意識の中で、ただただ消費され、
やがて廃棄されるのを待つだけの立場なのか?
どうせ踏みつけられ、埋もれて行くなら、

東京で勝負すべきじゃないのか?

東京に行くには、そうだ大学受からないと…
そうだ、勉強しないと…。

そこに「受験生の本文とは?」なんて殊勝な気持ちはない。
暗闇から抜け出す為にも、今は勉強せねば…!
しかしもう北国は、冬の準備に入る時節となっていた…
ヤバいぞ…。

後年、ヒッピー氏の噂を聞いた。
いい加減な奴だか、そこまではしないと思っていたが、最期は
実際に呼んでもいないメジャーなフォーク歌手のコンサート開催を
でっち上げ、チケット詐欺を働いて、逃げたのか捕まったのか?
それ以後の話は分からない。しかしあのまま自分も流されるまま
彼に従っていたら…と考えると、ちょっとぞっとする。

そういうわけで本日は、そのCREAMを….。
ヤッパリこの『GoodBye』に入ってたライヴテイクが一番凄いけど
ちょっとどこかほろ苦いかな。

Cream- Sittin' On Top Of The World


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コンビニにて

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

体調悪かったんだけどね…
イワナに生ビール…止められまへん。.



実家から最寄りのコンビニに行くまでは、チャリで
1分と掛からぬ距離なのだが、ほんの数秒ながら、ごく軽い
坂道を漕がねばならない。

心臓の(?)調子の良い日は、別にどうってこともないのだが、
何となく今日はヤバいかなって日は、それが異常にツラい。

ツラいどころか、一瞬で強い胸焼けのような状態から、
意識が急激に遠くなり、呼吸も苦しくなって
倒れるというか、路上に崩れ落ちるような感じになる。

一瞬、救急車を呼ぼうか…という心境になるが、
たぶん、路肩に5分も座って、深呼吸などしながら、
息を整えつつ休んでいれば、少しは回復するだろう…
と思って耐えていると、やはり少し回復するから、
そのままコンビニに駆け込んで、崩れ落ちそうになる身体を
なんとかギリギリもたせて、速足でトイレに一目散に
なだれ込む。

ここでまた少し休憩できる…しかしすぐにトントントンと
ノックされ、次にチッ...と舌打ちが聴こえたりする。

少々焦るが、まだこちとらどうにもならない。

何度もトイレの水をゴーゴーと流しながら

「もうちょっとだから、今少し待て!?」

というようなサインを送るが、先方も洗面所の水を盛大に
ジャージャー出しながら、ああだの、ううだのと
声にならぬ声を挙げ、「こっちもそんなに余裕ないんだぜ…」
という意思表示を返して来る。

そんな無言の駆け引きをしてるうちに、どうやら自分も
幾分落ち着いてきたようだ…。

ドアを開けて軽く会釈をする私。
先方も、こちらと目を合わせることもなく、頷いて、
忍者のようにトイレに急ぎ侵入する…。

私はまだ少し足もとがふらつくけれど、取りあえず
所定の買い物をして、帰りは快適に

「人生下り坂最高!」

などといいながら、殆どペダルを踏まぬまま、家に着くのであるが、
実は最大の難所がこのあと…。

自分の部屋は4階…もちろんエレヴェーターなんてない…。

行きも地獄、帰りも地獄…。



前回に引き続き、ロバート・ワイアット…

しかも彼といえばやっぱこれ!ご存知エルビスコステロと
当時の共同作業者クライヴランガーによる珠玉の名曲...
「Shipbuilding」…たぶん当ブログでは2度目の登場…と思う。

コステロはわざわざ、ワイアットの為にこの曲を書き下ろした!
…と、述べているが、勿論、後日しっかりセルフカバーも行っている…。
(しかもチェットベイカー入りで…)

詩の内容は、英国独特の比喩や言い回しが多くて、なかなか
解釈は難しいのだが、時代背景は発表時と同じ1982年。

舞台は「造船業」を生業とする人々が暮らす街…
時の保守党=サッチャー政権の経済失政は、リヴァプールや
グラスゴー、ベルファストなどで未曾有の失業者を出した。

そんな時にサッチャー政権はフォークランド諸島の利権を巡り
アルゼンチンと戦争を始める。にわかに造船の町は活気づくのだが、
造船労働者の息子はその船に乗って、『Task』…戦地へ赴く…。

(大した戦争じゃないから)クリスマスまでには帰って来るよと言って…。
Well I ask you. The boy said "Daddy they're going to take me to
task. but I'll be back by Christmas"

勿論、当時の私はそんな詩の内容など解することもなく、
当時オープンしたばかり?で、英国で発売の新譜は
インディーズも含めて1週間以内に直ちに空輸される!
という触れ込みのレコード店=西新宿の英盤専門店
「UK.Edison」にて、キッカイで、同時に
どこか大好きな画家ブリューゲルを思わせる
12インチシングルのジャケットを発見。

ロバート・ワイアット?

高校生の頃、結構ハマって聴いてたけど、当時はラフトレードの
べンワット周辺とか、あと、「アニマルフィルム」っていう、
動物映画かなんかのサントラって云う、なんだか実験音楽みたいな
ミニアルバムみたいなものをリリースして、買ってみたけれど、
なかなか良いなあとは思ったものの、結局難解なものだから
2〜3回聴いて、放り出したまんまだった。

しかしなんか今回は雰囲気が違う…イデタチ&オモムキが
かつての名作「Ruth Is Stranger Than Richard」にとても似ていたから、
妙な第六感が働いて、購入してみることにした。

12インチシングルは、当時ほぼ一律で1000円だったから、
とても買いやすくて、これで気に入ったらフルアルバム購入っていう
パターンなのだ。

帰宅して早速聴いてみた。

当時はまだしょっちゅう45回転の12インチシングルを
間違えて33回転で掛けて、どよよ〜んとした音にびっくりした
ものだが、それはともかく…

もう大ショックだった。

超名曲じゃないか!なんだこれ??

エルヴィスコステロ作〜…んもう…先に云ってくれよ〜!
なんだよー…そんなの良いに決まってるじゃんかあ!

このPVは随分後になって、たっぱりピーターバラカンの番組で
初めて観たけれど、映像版もヤッパリ傑作じゃないかなあって思う。

コステロもいるし、ヤマハのCP(エレピ)を弾いてるのは、
コステロ終生の相棒(?)スティーヴ・ナイーヴ君だし…。
(銀座のピアノバーで、酔客のリクエストで演歌の伴奏をして
やんやの喝采を受けたという伝説がある…流しのオッサン並みに
何でも伴奏できるらしい!)

Robert Wyatt - Shipbuilding


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何でも屋の運命

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

普段は毎日のように通って、眺めていた蓮のお堀だが、
今年は体調が悪くて殆ど出掛けられず、本日、
今年初めてくらいのお堀の蓮は、もはや閉店間際…。

まあ終わりの美学も、それはそれでまたオツ…なのだけどね…。



バンドマン活動のあと、当人的にはバリバリに無垢な
フレッシュマン(!)のつもりだが、世間的には、
もう随分と手垢の付いた、少々草臥れた24歳の中途採用者の身の上…
それを敢えて拾ってくれたのが、やはり創業したばかりの
貿易屋の社長さん…。

当初は社員20名ほどの超零細企業。

先輩方は、皆、財閥系の大商社出身、貿易のスペシャリスト!
とのことだったが、徐々に、皆それぞれにワケありで
前職を追われ、この零細企業に流れ着いた…
というのが実際らしい。

そこそこ英語が使える以外は、まったく経験もなく
素人同然な私は、当初は当然「雑用係」の

「何でも屋」。

当初はそれがホントにツラくてイヤだった…。
というか、社長や先輩方の尻拭い的な事ばかりに
駆り出される、大体がトラブル処理…。

相手は怒り狂ってる場合が多いし、
そんなタイミングで謝罪にやってくるのが、
またのワケの分からん若造だったりするから、
尚更怒りが倍加するみたいで、なにしろ
ボコボコにやられる(口でだが)サンドバック状態。

ところがその「何でも屋」ほど強いものはない。

会社で取り扱っているすべての商材とその真実の評価、
お得意先様の顔やキーパーソンの性格を含む特徴。
そして諸外国の関係取引先との通訳を含む連絡係と
来日時の接待担当…。

気がつけば、社員の誰よりも会社を取り巻く状況の
そのすべてを掌握する男…。

気がつけば、社内も社外も、その繋がり=ネットワークの中心は、
自分という感じになっていて、大きな発注や秘密のプロジェクトに関する
裏情報などが、各担当者間ではなく、先方のその周辺社員、
女子事務員…などから、なんとなく私のところに
情報が集まるような状況になっていた。

そうしたわけで、さらに10年が経ち、新社屋も竣工し、
社員数も当初の5倍くらいに膨らんだ頃、私の役職は
会社のナンバー2(専務取締役)になっていた。
まあ、社外取締役という、厄介な老人方もたくさん居たけれど…。

さて、何故こんなどうでも良いような、愚にもつかぬ話を
思い出したかというと、今朝、その元の社長のご家族(息子氏)から
電話があって、社長が先月亡くなったことを知らされた。

しかし先方のご家族には、それぞれにのっぴきならぬ
事情があって、位牌とか、飼い猫まで…引き取り手がなくて
困ってるのだそうだ…。

そこで位牌の守役、奉い役を私に….という話だ。

まあ、実際には、事情も分かっているし、位牌くらいなら、
自分が以後、我が家で奉るのも、やぶさかではないけれど、
やはりそれは筋違いというものではないだろうか…?。

ここは事情があるとはいえ、実の親子なのだから、
私は何が何でも辞退して、親子の絆を断ち切らせてはならぬ
と、思うのだ。(生前、元々切れていたとはいえ…だ)

そうしたわけで、諸事に詳しいヒトの助言を享ける為、
少々の猶予が欲しい…としたのだが、はてさて…なのである。

まったく、厄介事はいつも自分のところに頼みにきては、

「頼むよ、後生だからさあ、恩にきるからさあ…」

いつもそんな親子であったなあ…。

亡くなっても、そうしたことが続くわけね…
もはや自分の運命かな…?。

ちなみにもうひとつ、父方の祖父の墓の問題が今自分に
降り注ぎ始めている…。

墓は兵庫県某市なのだが、一度だけ詣ったことがあるけれど、
土葬が風習らしく、墓は小さな花壇くらいの面積という印象があった。

今はもう殆ど関係性のない本家当主(祖父の兄のひ孫…もはやお互いが
どういう続柄かすら分からない….)から、墓守に掛かる寺への
寄進云々とか、経済的なことも含めて、墓所を撤去したい…
という申し入れがあって、ちょっと困ってたりする…。
(数十年前に墓土の一部は、当方の墓に移転済なのだが…)

ウーム、そういうややこしいお年頃なのかなあ…。



「ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)」っていう
アルバムがある。自分にとっては、もしかするとビートルズ本体の
アルバムよりも重要な意味を持つ名作アルバムなのだが、
不覚にも、中学生の頃、私はすぐにはこれが買えなかった。

A面トップに収録されている『MOTHER』っていう曲の
シングル盤は持っていたし、他の何曲かも、ラジオなんかで
知っていたが、これも不覚すぎて恥ずかしい限りだが、
ジョンの重要曲「LOVE」は、当時ヒットしてた、コーラスグループ
「レターメン」のカバーで先に知っていたりする…。

買おう買おうと思ってるうちに、次作アルバムの「IMAGINE」が
発売されてしまい、多くの仲間がこれを購入した。

そうかみんなこれを買ったか…それを見届けると、私は迷わず
このもはや旧譜となった「ジョンの魂(通称じょんたま!)を
遂に購入するのだ。(「Imagine」は仲間から借りて聴けばよい!)

以来、このアルバムの虜である。
全部好き。

そしてLoveも、言っちゃあ悪いが、レターメンの凡庸なカバーなど
足もとにも及ばぬ、素晴らしい出来映え…。

この簡素で、救いようがないほど孤独で無機質な世界観…。

そして時は過ぎ、大好きなロバートワイアットがこれをカバーした。
確かに世界観はジョンのそれとは相当異なる…。
しかしそこには彼らしい、すべて達観したような「LOVE」がある。

そんなわけでとても久々、凄く良質なジョンのカバーに
出会えた、そんな心境なのだ。

Robert Wyatt - Love


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規律と体罰

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Carl Zeiss Jena SONNAR (改L) 5cm/1.5 (1941)

バンドマンとして、いよいよプロの現場に居合わせる
ことになった最初の頃、さほど急ぎではないのに、
準備が遅すぎるぞ!と、バンマスからクレームをつけられたことがある。

知り合いの歌伴バンド(普段はジャズメン)ではあったけれど、
こちらはトラの立場で、まあゲストといえばそんな感じなのかな?
などと、自分で勝手に思いこんでいた。

しかし、何しろ一番若輩者だし、駆け出しでもあるから、
楽器車が到着したら、ボーヤさんたちと一緒になって、
随分とかさばるドラムキットや、スーツケースピアノとは言いながら、
一人では絶対に持ち運べない超重たいエレピなんかを次々ステージに搬入し、
シンバル類を並べたり、キーボード類を、セーノ!...で任意の台に載せたりと
セッティングも手伝いつつ、さあいよいよ自分の楽器のセッティング…
と思って、エフェクターなどを順次繋ぎ始めた頃、無情にも、
リハーサルは始まってしまうのだ。

すっかり置いてきぼりの私は、えー待ってよ、まだ準備が…
遅いの?、ギターならチューニングもいれて2分でやれって!?

セッティングにもたつく分、貴重なリハーサル時間が少なくなる…
あるいは、セッティング完了後即本番!っていう場合も多い?…。

いずれにせよ、バンドマンとして当然の搬入搬出の手伝いも、
自分のセッティングも、キチンと自分でマネジメントして、
最低限、他人に迷惑をかけないのが、バンドマンのイロハのイ…
心得とわきまえよ!。

それまでの学生気分とは明らかに違う、
これが、規律正しい職業人としてのバンドマンの現場…。
甘えは赦されないみたいだな….引き締めて行こう…
そう学習するのだ。

さて、手前勝手に予定時間を大きく超えたアドリブソロ…。
ドラマーに与えられる小節数って、楽器の都合上そう多くはないはずだ。

プロの現場ではないにしても、ヒトマエで入場料と取って
演奏を聴かせれば、その段階で立派なプロミュージシャン。
その自覚をプレーヤーは、中学生といえど持たねばならない。

現実に将棋でもサッカーでも、中学生で大人に混じり
一切の甘えなく勝負の世界に生きているヒトは
今はもう珍しくはない。

ましてや音楽は、人々に自由奔放な発想や空気を喚起する分、
内部は息苦しいくらいの規律第一主義っていうか、
音楽自体も、決まり事がもの凄く多いって云うのも、
ジャズやクラシックの特徴だ。

好きなようにやりたいなら、そんな自由が大好きな者同志が
一切束縛などされない密室にでも籠って、客など入れず、
勝手に飽きるまで音を出せばそれで良いだけ…
誰も止めはしない。

学校部活などで、権力を持つ側が、弱者を痛い目に遭わせて
自分に服従させよう、とか、連帯責任で、権威を誇示しようとか…
そんなこととは根本的に違って、まさに他者に対して
大迷惑なことをしでかしていて、しかも注意してもやめる気配もない場合、
最小限の暴力を行使してでしか、その場を抑えられない…
と思う。

まさにそうした現場であることを如実に示したのが
某世界的コルネット奏者の主催する中学生バンドの事件。

ビデオは何より事態を雄弁に語っていた。

そして人々は云うのだ…

何があっても絶対に暴力はイケナイ…
暴力はなんの解決にもなり得ない…。

では、この場合の正解はいったい何なのだろう??

コレに関しては、一応教育機関の側からの正解は出ている…。

なんと…「抱きしめて止める」…なのだそうだ。

確かに平手打ちではないけれど、あえて言い換えれば

「やさしく羽交い締め…」

暴力に変わりはないように思えるのは、
私だけだろうか??



Pocoである。中学生の頃、結構シングル盤を入手して聴いていた…。

バッファロー・スプリングフィールドで活躍した二人、
リッチー・フューレーとジム・メッシーナ…その、両巨頭が結成した、
カントリー&ロックなバンドであるが、著名な二人の強い個性と云うか
その「専制政治」が気に入らず、ベース兼コーラスのランディ・メイズナーは
デビューアルバム制作中に脱退して、イーグルス結成へ…。

やがてメッシーナも脱退してロギンス&メッシーナを結成したり、
リッチーフューレーも結局は順次脱退…。

バンドはいつしか、同一志向の後発バンド「Eagles」に
すっかり水をあけられ、その差は開くばかり。

それでもPocoは地味ながらコンスタントにアルバムを
発表するのだが、スターの抜けた状態は、
「でがらし:だの「ぬけがら」だのと
揶揄され、はっきり云えば低迷を続けるのだ。

しかし.残ったメンバーの成長と奮起で.サウンドはより洗練され、
作品も後期の方が、相当に健闘した、素晴らしい作品を
生み出していたように思う。

今日の「シマロンの薔薇」は、殆ど世に知られてないかも
しれないけれど、あのホテルカリフォルニアより1ヶ月前に発表されている。

勿論あっちは、良く知らないが、たぶんビルボード誌何週連続一位!
なんてところだろうが、こちらはビルボード最高94位だぞ…!?。

まったく勝負にならないけれど、「シマロンの薔薇」…
欲目かもしれないが、まったくイーグルスに
完成度で劣るものではないと思っている。

ちなみにベースのティモシーB.シュミット…。
このあと直ちに売れに売れたイーグルスにヘッドハント…
しかし、Pocoでの彼の重要な立ち位置ほどの役割は、
イーグルスでは遂に見つけられなかったように思う。

この曲は案外長いので、敢えてショートなヴァージョンをチョイスした。
フルヴァージョンはもっと感動的に仕上がっているので、
機会があればそちらも聴いてみて欲しい(YouTubeにもたくさんあるようだ)

Poco - Rose Of Cimarron(シマロンの薔薇)


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熱狂の作法

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Music Bar Portoに集う、不良中高年の野郎共…じゃない、
地元ベテランミュージシャンのお歴々の方々…。

今朝は4時半まで、灼熱のサウジ戦中継を見届ける…。

日本は、既にW杯出場を決めているとはいえ、
いつもながら熾烈だった最終予選の最終戦…
時間帯が悪くても、翌日早朝から大事な会議があるとしても、
万事キチンと繰り合わせつつ、試合を見届けるのが、
正しいサッカーファンである…

…と、勝手に決め込み、代表戦のときはいつも、
試合直前にキチンと入浴して身を清め、
ソファーの上ながら、正座して代表選手たちと一緒に

国歌斉唱…。

ちょっとヤバい街宣車系の人…みたいだが、
サッカーに関しては、それが流儀だと思いこみ、
長年続けたこうしたルーティンを自分が破ると、
あっさりチームは負けてしまう…と思い込み(何度も負けてるけど)
ただひたすら、たぶん死ぬまでこれを続けるだろうな...っていう、
バカなオヤジなのである。

ちなみに試合中は、盛んに独り言を云うし、
時には罵詈雑言を浴びせたり、泣いたり喚いたり
とんだりはねたり、頭を抱えてうずくまったりと、
賑やかというか、ちょっと気の触れたオヤジ状態…
になるが、家族は慣れたもので、醒めた目で
一切無視…。

その無視こそが、我が家(秋田も東京も)の暗黙の
ルールなのである。

ちなみに実際のスタジアムで代表戦観戦というのも、
70年代から、もう何十回?もあるけれど、
何しろ周囲の数万人の観衆が、同じようにそれぞれに
ブツブツブツ…と一斉に独り言を云ってるのが、
あの会場の実情なので、自分は意外とおとなしく
押し黙ってしまったりもする。
(7〜80年代は国立競技場なのに、観客数は何百人?だが…)

テレビではゴール裏の派手な応援サポーター達しか
写らないけれど、一般席の必ずしも贔屓のチームの
ユニフォームなんか着ていない観客によるブツブツ独り言問答や
嗚咽なんかも、実は不気味なほど半端ではないものなのだ!

これが拮抗して固唾を飲む試合など特に、
客席は真剣にボールやフォーメーションを注視しながら
シーンと静まり返る。そんな中、くちゃくちゃと
ノンビリ弁当を食ってたり、オバさんたちが、
まったく試合と関係ない世間話などしていると
周囲の苛立ちが、その方々への攻撃性に変わって...

「うるさい、黙れよ!」「弁当食うな!」「傘さすな、トーシロ!」
「痴話げんかは家でやれバカ!」そんな罵声を浴びる…。

或いは周囲から散発的に、チッチッチッ…と
舌打ちの音が360度方向から、そんな場違いな方々に対して
手向けられるのだ。

また東京の観客はあまりしないが、たまに周辺都市の
スタジアムなどに行くと、緊迫して、観客も神経が
テンパり気味のところに、突然「ウェイヴ?」が
始まったりすると、ホントに腹が立つ!。

今じゃないだろ、空気読めよ馬鹿者ども!。

というわけで、ウェイヴはすぐにそうした
頑固な波消しブロック人間達によって、
スタジアムを一周することもなく、瓦解するのだった。

たまに野球観戦に行くと、自分も試合などそっちのけの
人間観察が実に面白い。

本当に真面目に集中して試合観戦してる人って、
座席の種目にもよるけれど、内・外野席にはそんなに居ないようで、
みんな思い思いに楽しみ、そして見事にゲームに飽きている。

特に贔屓じゃない側のチームが攻撃の時などは、
ビール片手に宴会があちこちで始まったり、
「センパーイ、訊いてくださいよお…」などと、
会社の上司の愚痴をクドクドとからみ始める者…

子供等は試合に飽きて、そこらを走り回ってたり、
どこにでもいる、しきりに何かむしゃむしゃ食ってばかりの男…

席を立って、球場ロビーでモクモクと煙を吹き上げながら、
テレビ観戦する群衆。

わざわざ敵側の応援席に紛れ込んで、アンチな応援を展開して、
サッカー場なら物騒な事件になりそうに危険な行動をする人間等々、
同じ国民性なのか?とさえ思ってしまうほどの、
文化の違いに驚く。

勿論、人も競技もそれぞれで、一括りに作法とはこうである!
なんてナンセンスに違いない。

ただちょっとね、サポーターをブースターとか、アウェイを
ヴィジターとか、あとメートルをフィートに、ポンドをドルに…(あれ?)
そんな言い換えは、ちょっと女々しいなあって思うが、それも
アメリカという国の独特の屁の突っ張り=無手勝流文化
だったりするわけで、他の面でも、他国となかなか折り合おうとしない
自分ファーストの困った国なのだが.まあ….それはそれか…!
なんてね、蛇足だね。



コマンチ族の父とカイオワ族の母を持つ生粋のインディアン=
ジェシ・エド・デイヴィス…。

1968年発表のタジマハール旅団!に参加して、プレーした
ステーツボロブルースの、ジェシの見事なスライドギターを聴いて、
あのデュアンオールマンはスライドの練習を始め、やがて
ステーツボロブルースをカバーした…なんて嘘みたいな本当の話。

我々の世代では、ジョージハリスンのバングラデシュコンサートに、
エリッククラプトンのトラ…というか、アル中でヤク中の何とも世話の焼ける
彼が現れなかった場合の保険として雇われたジェシ…(結局エリックは現れたけど…)。

それでもヤッパリ、ひと味違うというか、職人ハダシの
スライドテクニックに、我々は中学生ながら充分にその味わいというか、
違いが分かった圧倒的な技術力…。

そんな感じで、既に名盤の誉れが高かった彼の2枚のソロアルバムだけど、
いかんせん、廃盤なのか、ハナから国内盤は発売されてないのか
一向に分からないまま、遂に店頭に出ずに聴けず、やがて、
たぶん3作目?の、このアルバムで、やっとその音楽に触れられ
めでたしめでたし!と、そんなジェシエドデイヴィスなのでありました。

彼が凄いなあと思うのは、彼の師匠筋のタジマハールは勿論、
レオンラッセルとかジョージハリスン、エリッククラプトン…
なんかに至るまで、師事または共演した人々の影響を
キチンと自分の血肉として受け継ぎ、表現している…って、
ある意味の律儀さ&素直さにとても敬服する…。

この曲もたぶんタジの曲で、カバーになるけれど、
彼と袖すりあった、様々な人々の影響を随所に感じることが出来て、
聴いてて楽しい曲でもある。

あまりのたくさんの影響を受けすぎたか、彼らの煩悩や業までも
背負わされてしまったかのように、46歳で早世するジェシ。
ちなみにクラプトン周辺は、当人はいたって元気だが、
周辺はスベカラク早世…やっぱりね…怖いねあの御仁の
凄まじい煩悩は…。

Jesse Ed Davis - Bacon Fat


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