ボチボチと生きてくよ!秋田篇

35年振りに故郷に戻り生活することになった、気がつけば中高年の泣き笑いなど。
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今年もお世話になりました

DSC00422.jpg
Enna-Werk München 'Lithagon' 3.5/35(Early-1960's)

相変わらず体調はよくない。

今の願いは、無事に元気にワールドカップロシア大会の
1ヶ月の激闘を全試合コンプリートすること!ただそれだけ。
自分的には、まだまだ2020東京五輪は見えてこない…。

人生の中には、様々な事が上手く行かず、辛く苦しく
途方に暮れる場面って結構ある。自分の場合は大概が仕事がらみ。

そんな時に、ああでも次のワールドカップだけは、しっかり
観ておきたいなあ…次のメキシコだけは…イタリアだけは…
アメリカは…。そして人生で一番苦しかった時は、
「2002年日韓大会までは、なんとか今のまま頑張って、見届けよう…」

まあ結局、その時は昼も夜も忙しすぎて、殆ど試合を観る事はなかったが…。

それでも辛うじて、これで数ヶ月間は、もうお休みは頂けない
のを覚悟の上で、一日だけ休みを貰って、鹿島スタジアムに観に行った
アルゼンチンの試合…しかしだ…あまりにも疲れていたのか、試合中
ずーっとスタジアムで居眠りこいていたりする…。

脊髄の病で3ヶ月入院。その最初の手術の前夜が、2006年
ドイツワールドカップの初戦オーストラリア戦。
これはもう苦しい闘いだった…って、サッカーではない。

何しろ翌朝、背骨を割り神経にアクセスする大手術が
控えていたから、看護師さんは気を利かせて、
「緊張して眠れないとイケナイから、誘眠剤入れときましょうね」って、
その点滴を入れたものだから…確か夜23時頃のキックオフ…
もはや私は猛烈な睡魔との闘いに挑まねばならぬのだった。

そしてあの時は確か…試合終了間際に3点たて続けに入れられて
逆転負け…。もう絶望的な気分で…後半ロスタイム経過.3分…
私も…落ちて悪夢の中もがいていた。

4年後はあのブブゼラもケタタマシイ南アフリカ大会。
あの時も、1ヶ月くらいずうっと体調が悪くって、それでもちゃんと
仕事はしてたんだけど、たまらず近所のキリスト教系の病院に行くと、
「入院」…ただしこの病院の雑居病棟にはテレビがなく、たしか
決勝トーナメントのエクアドル戦直前に、仕事が忙しいからと
主治医の制止を振り切って強引に退院した。もちろんその病院は
その後、出入り禁止….と、勝手に思い込んでいる。

それがマズかったかどうか解らないが、同じ年の暮れに、
心臓の手術で別の病院だが、入院…そこでは家族に
「危篤」を経験させてしまった。

そして2014年ブラジル大会!皆様のご期待に違うことなく、
私はまたしても入院…!。さらに云えば、去年の夏は、
盲腸(虫垂炎だが)の手術日の翌朝が、ブラジル五輪の日本初戦…。
確か、ノートPC型のテレビを集中治療室に持ってきてもらって、
全く角度のない状態の超伏せ目状態のっ辛い体制で、
サッカー観戦していた…。

急に思い出したけれど、1998年のフランス大会予選の最中に、
私はフットサルで骨折….やはり病院のベッドで、夜中のカザフ戦とか
ウズベキ戦を観てたかな…ハーフタイムになると、病院の外の
「喫煙所」は入院中のサッカー好きで満員すし詰め状態。
皆それぞれが深刻な病人なのに、興奮して前半の我らが代表の活躍を
語り合っていた。あれはあれでちょっと貴重な体験だったかもしれない。

退院後、国立での最終戦には、松葉杖をついて
現場にいたけれど…。ホームでの韓国戦のチケットが
いつも通り取れていたならば、骨折する事もなかった話なのだがね…。

そんなわけでワールドカップイヤーの2018年…無事に私は
大会のTV観戦が出来るのでありましょうか?
乞うご期待でありますな…。

というわけで、旧年中は、様々ご迷惑もお掛けしたりして、
皆様にはいろいろお世話になりました。

特にカラダが辛いとき、入院等々で、ホントはとても
心細い時に、力強いお言葉を頂いたりして、嬉しかったです。
新年もまたよろしくお願い致します。



さて、いよいよ今年最期のオオトリである…。

一年の終わりになってもまだ毒づくわけではないけれど、
今の「こおるどぷれー」だとか「にっくるばっく」とか、
「まるーん5」とか、あとなんだ?いろいろちょこちょこ
聴いたりもするのだが、自分の齢とって退化した耳がイケナイのか、
どうも良さが解らない…というか、全部R.E.M.のこの曲に
聴こえてしまうのだ。

ってことはやっぱり、改めてこれは名曲なんだろうなあと思う。

確か95年の同じような時期に、ジェフバックリーとREMと
パールジャムがたて続けに来日して、まあ全部好きだったから、
全部観に行ったけど、パールジャムは正直ちょっと期待はずれ。
ジェフバックリーはステージに天使が飛び回っていて感動的。

そしてこのR.E.M…実はインディーズの時代から、彼らは主に
英国で評価されていたらしく、英盤シングルが間断なく発売されていたから、
その頃からの、随分長いおつきあいとなっていた。

先に「こおるどぷれー」がどうのと揶揄してしまったけれど、
R.E.M.の音楽から醸し出されるのは、歴代の米国や英国のロックの
歴史を築いたお歴々たちの足跡というか魂みたいなもの。

エルヴィスがいて、ディランだったり、ビートルズやキンクス、
トラフィックだったり、バーズにバッファロー...ジャクソンブラウンも居るし、
アルクーパーやザ・バンド、ああジムモリソン=ドアーズの影も見える。
デッドも居るし、そこに隠れてるのはルーリードさんかい?
そしてキャプテンビーフハートの魂までしっかり入ってるぞ!
そんな豪華絢爛な、豊穣な音楽...そんな気がしていた。
褒めすぎかな...まあ年末なので!

さて来年もよろしくです! 

R.E.M. - Losing My Religion


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凍えて縮こまる哲学

DSC08845あLeitz - Summar 5cm/2 (1937)

当然といえば当然の話なのだが、何しろ寒い!

朝、いつものように起床して、眠い目を擦りつつ、
まずはパソコンにパワーを投入する…。

いつもなら、起動中の時間を利用して、暖房を点け、
用を足して戻れば、いつものように勝手にラジコが起動して
TBSラジオ、伊集院光とラジオと…のオープニングテーマが
流れている筈だ。

ところがその日は窓外も大雪で真っ白だが、パソコン画面も
何故か真っ白…あれ….?

軽く焦りつつ、緊急時起動のショートカットキーを押しながら、
何度か操作を繰り返しているうちに、やっと聞き慣れたメロトロン風の
ジャーンっていう起動音が鳴りつつ、いつも通りアップルマークが
無事現れて、取りあえず一安心…。

何だったんだろう…ウィルス??

メール添付型のウィルスは、確かにたまに混じって
入り込んでは来るけれど、ほぼ間違いなく、マックでは開けない
.exeファイルの類いだから、マックにおいてこれは「不発弾」、
速やかに異物、イヤ、汚物処理をすれば問題は無い。

しかしそれではなさそうだ。寒すぎて、結露でもしてたか?
火の気も無い部屋だから、それも無い…

半導体が、寒すぎて通電しないのか??
全く冗談みたいな話だが、どうも原因はそれらしい….?!。

それほど今年は寒いってことか??
うーむ…まだまだ春は遠いし、実は春までには
成し遂げておかなきゃならない、厄介な命題もある…。
なんだか絶望的な気分の年の瀬だったりするのだ。



当たり前の事だが、ロックもジャズも、たぶんクラシックも、
言ってみれば音楽そのもの以上に、作者や演者の「哲学」が
重要であったりするわけで、それを聴き手の方が感じ取れるか否かが、
音楽を知る大切な鍵となる。

例えば、ビートルズ。

ヒトは、ビートルズを、押しも押されぬ20世紀最高の
ロックグループ…と、実に簡単に、あたかも平伏した体で彼らを
持ち上げる。しかし、何が押しも押されぬ特別さなのかを
質問しても答えはまず出てこない。

「良い曲が多いから」

「知ってる曲=聴いた事ある曲が圧倒的に多いから」

「天才の集団だから(??)」

「みんなが褒めるから…」

昨今、また脚光を浴びた格好の「報・連・相」の習性が
自分にもカラダに染み付いてるから、その習性から、
手早く結論から言うと…たぶん、自分が知ってる多くの
ジョンレノンファンが、憧れのジョンを通した形でビートルズを
覗いてみると、とても哲学的で、言葉一つ一つに重要なメッセージが
込められているのではないかと辞書をひも解き調べる感じ…。

そして、今では単に君は新しもの好きだったんだよなあジョン?
って云えるけど、昔はとにかく先進で先鋭…サイケでコンクリート。
普通の甘いバラッドも、なんだか深淵で捻くれ捩れて聴こえる…。

その奥行きの深さは、もはや比肩しうるグループが存在しないほど
唯我独尊な雰囲気が漂う。

実際にはLoveとPeaceとDreamと、あとはHelpとか
TiredとかLoser…くらいしか云ってないのだが、
私のレノン好きの友人などは…

「ジョンがやるなといったから絶対やらないぞ…ゴルフ何て!」

もちろんそんな事はジョンは一言も云ってないけれど、
様々な詩や言葉から、それぞれが勝手に感じ取り、彼には
ゴルフなんかやるな!...と聴こえたのだろう。
(丘の上の住人になるには、微笑みながら人を殺すことを
覚えなきゃならないだろう…という事は唄ってるけれど)

77年の夏、ジョン一家は、軽井沢に1ヶ月近く滞在して
いたけれど、毎朝、ショーン君を連れて、自転車に乗って
焼きたてのパンを買いにきてたって云うから、確かに
ゴルフはしてないと思う。

一方、ポールマッカートニーを媒介としたビートルズの景色は、
全く違って見えて、それは往々にしてジョンよりもアカデミックな意味で
音楽的。

「良い曲多いねビートルズ」

「なんか落ち着くよね、ビートルズは」

「でももっと凄いグループが他にありそうにも思えるなあ..」

たぶん世に溢れる、「なんとなくビートルズ好き」は、
こんな感じなのだろうな。好きな曲は「ヘイジュード」に「ミッシェル」
に「レットイットビー」に「イエスタデイ」…。
まあ確かにあれらもビートルズに違いはないけれど…。

いずれにしても、哲学を感じない音楽に、なんの魅力も感じる事はない。
元々は溢れるほどあった哲学も、ある日あるとき、突然すべてが消えて
しまったアーティストというのも少なくない。
ジョンもたぶん、そうなってたかもしれないけれど、
まあ良い時に亡くなった…って云うのは言い過ぎだろうか?

「ジョンの魂」ってアルバムは、間違いなく全曲が
凄まじく、赤裸々で、恐ろしく、悲しくて、そして美しい。
特に凄まじいのは「労働階級の英雄」と「ゴッド」の2曲…。

1年の終わりは…ゴッド…で行こうか。

.中1で初めてこれを聴いた時は、まあ簡単な英語って云うのも
あるけれど、ジョンの言ってることがすべて理解できるような気がした。
とにかくこの人、相当に病んでるなあ…って。

昔は、ビートルズもディランも信じない!っていうのがショッキングだけど、
大人になるとね、冒頭の「神とは概念 それぞれの痛みの尺度による...」
が、何とも鮮烈だ。むかし、しつこい新興宗教勧誘の同級生に
これを教えたら、「ジョンレノンってのはトンでもねえ小乗の野郎だ!」
「徳がない!」とか抜かしたから、仏教は関係ないだろう!って喧嘩になった。
まあ意識的に仕掛けたんだけどね。

で…結局、哲学って何さ?..

神に選ばれしカリスマ!何て言ったって嘘くさいしね...

たぶん「病んでるってことを隠さない事」

違うよ…きっと??


God - John Lennon


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ベニーさんは良い人だ

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P.Angenieux Paris Anastigmat 45/f2.9(L)(1949)


雪深いN県にある、こじんまりとしたスキー場…。

まだ関○自動車道が全面開通しておらず、クルマで行くには
いくつもの峠越えで、それなりの忍耐力を要したけれど、
開通してしまうと、俄然利便性が高まり、周辺のスキー場は
軒並み大流行り。

後年、そこいら一帯は、突然地価が暴騰し、
リゾートホテルやマンションが乱立するようになって、
いわゆるバブル景気の象徴となる地域だが、
まだ時代はそこまで深まっておらず、牧歌的で
こじんまりしたゲレンデ脇の小さなスキーロッジが
本日の舞台である。

60年代に自己破産した某大物タレントK(今も現役でサライ?)の
所有物だったそのスキーロッジを、負債の肩代わりか競売か、
よくは知らぬが、会社(芸能プロ)が入手したものらしい。

オフシーズンも含め、通年開業しているのは、
ひとえに、そこに常駐で勤務している支配人やシェフや
従業員の方の生活基盤がそのロッジにあるからに他ならず、
そこに働く、比較的ご高齢の方々は、支配人こそ、
立志伝中の芸能プロ社長のご兄様だが、その他は社長の
バンドマン時代のメンバーや、プロダクション創立期に尽力された方々…。
ハナさんや植木さん、谷さんら世代の、さらにその先輩たる方々だ。

そんな感じだから、オンシーズンの冬は冬で、
週末ライヴとかで当番制のように、タレントやバンドが東京から
駆り出され、私など下手をすると毎週のように通ってたり
したわけだけれど、実はオフシーズンの夏場には、
コンサートツアーが近いタレントとバンド、ダンサーや
コーラスさん方のリハーサル合宿だったり、芸人さんたちの
ネタ作りや、ワークショップなどで、それなりにロッジは忙しく、
大先輩たる、今は黒服のベテランスタッフさん達も大忙しなのだった。

そうしたわけで、ある年の秋、季節外れのスキーロッジに
私は到着した。

新しく結成した「お仕事バンド」の音固めと、バンドの
プロモーション用音源を作るため、そこに二泊する。

到着すると、顔見知りの支配人が...

「あれえ、ゆにっとなんとかって...、Pちゃんのバンドだったんかい?」

「うん、急に決まっちゃって…ヨロシクお願いしますね」

そんな調子で、冬期には、宿泊客以外にも大勢やって来る
レストラン・バーで、ライヴハウスにもディスコにもなる
ラウンジで、我々は音を出し始めると、早速、進駐軍廻りの
思い出話にいつも付き合わされる、往年の老バンドマン達が
燦々度々、集まり始めた。

しかし….その大先輩たちが、意外に「うるさい」のだ。

「今のとこ、ストントトンじゃなくて、間にベードラ咬まして
 ストドトドトンだろ?」

「Em7のとこさあ、短5度…挿した方が、それっぽくなるんじゃね?…」

「た、たんごど…っすか?」

我がお仕事バンドは、私以外は、東京芸大、桐朋出身者と、
ドラマーは長い事、某有名ドラマーのボーヤさンだった人。
各人が、ジャズやフュージョンの大御所のバンドや、大歌手の
伴奏者等々、輝かしい経歴の人たちで、私よりも7〜8歳年上の方々。

そんな中、殆ど独学素人同然で、しかも最年少(21か22歳だった)
で、経験も豊富とはいえない私…。

ただただ、ギター自体の腕よりも、バンドマン以外にも
様々なギョーカイ人の役を演じていた(?)関係で、
奇妙に幅広い人間関係や交渉力(?)から、敢えてアイツを入れておこう!
的に、バンドに誘われた感じのそうした立場に、実は不安と苛立、
そしてある種のコンプレックスを抱えていて、そこに、大先輩たちの
直球過ぎる指摘等に、実はびくびくしてたりするのだった。

さらに不安とコンプレックスの大きな原因と理由は、
バンドのメンバーも大先輩方も皆が皆、根本的に

「ジャズ屋さん」であること。

ロックなんて、ハナから小馬鹿にしてる感じだから、
ギターの音を少し歪ませただけ、ペンタトニックやブルーノートを
ちょろっとなぞっただけで、クスッと笑い声が聞こえたような
そんな恐れを抱いていたり、また、チョーキングヴィブラート
っていうロックギター特有の小技を使っただけで、

「音程はきちっとな...!」等と、指摘され
他にも様々ある、ロック的な音出しのクセみたいなもので
むしろ音程がボヤカすような、グリッサンドというか、
ポルタメント的な技法には、おもむろにイヤな顔をされる。
それがまた、こちらの苛立ちの原因でもある。
(変なしゃくり癖っていわれてた..たぶんクラプトンの真似が
抜けきれてないのだ.....)

でも、やっぱりお仕事の為には、より強固で完璧な
アンサンブルとバンドのノリを構築せねば。そして
何よりもサックスやピアノとのハーモニー優先だから、
わざとベタなカタカナ発音で英語を話すような感じで
1音1音はっきり発音するような弾き方をしたりして
それが結構、自己嫌悪に陥ったりする。

しかし、何せこのバンドは業界内でも相当に期待され、
且つ同業者には異常に警戒され、どういう経路か、
こちらの情報が、だだ漏れ状態なのも知っていたから、
尚更焦る…失敗できないって思いも強かった。!。

あんまり音楽…楽しくないな…そんなことを思いつつも
やがて夕食を済ませると、支配人が「オレの部屋に来い、
みせたいものがある」というので、メンバーと、ごそごそ
支配人の部屋?に入ると、ベータマックスの巨大なビデオデッキがあって、
観せてくれたのが、ベニーグッドマンの武道館公演。

そうだ、そういえば、来日してたんでしたねえ…。

支配人はウットリしながらビデオを見つめ、云うのだ…

「オマエらさあ、まだ若いから、これが分かるかどうか
微妙だけどな、この音量、バランスこそが本当のジャズなんだよ」

クラーの息づかい、ピアノの今一瞬だけこっそり叩いたテンション、
ベースの絶妙な間引き方…完璧だね。

「自分の音より、隣の楽器の音、あるいは周囲のサウンド
全部を、身体に染み込ませて、まずは演奏者自身がそれを
楽しむってのが、ジャズの本懐なんだなあ…」

支配人は、画面から視線を外さなかったが、
暗に自分に云ってくれてるのだな…すぐにそう感じた。

確かに自分は余裕もなく、己のプレイだけで精一杯…
そんな今日の自分だった。いや、もしかすると、
いつもそうだったのかもしれない…。

仲間の発するサウンド、ノリを身体に感じながら、
自分の音を自然にブレンドしてゆく…そうか、明日から
心掛けてみよう…。

すると単純だが、何だか音楽が俄然楽しくて、
明るいものになったような気がした。

今でもたまにだが、ベニーグッドマンを聴く。

信頼する仲間たちが居て、自分が居る…。
仲間たちは私の音を聴き、私も仲間たちの奏でる音を聴く。
当たり前のことだが、そこに音楽が生まれる。

自分の功名心やら、慢心やらで、音量を上げ、
手前勝手なプレーをすれば、仲間も上げて…。

音楽はその途端、破綻する。

そんなことを思い出させてくれるのが自分にとっての
ベニーグッドマンで、かけがえのない「宝石」だったりする。

まったく蛇足なのだが、その時の自分たちのバンドは、
結局は、ちょっとした人間関係の縺れと、イヤな感じの金銭問題が
絡んで、まずは私が閉口して脱退し、その後間もなく瓦解し
プロジェクトは失敗する…。

私はまだ独り者だったけれど、他のメンバーには家庭があって
子供が居て、入進学…そこまでの生活感は、当時の自分には
なかったな…反省すべきは私であったかもしれない…。

Benny Goodman - Memories of You


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勇気があれば

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Leitz - Summar 5cm/2 (1937)

Sweet and Cocktail...で、アズキバー(バル?)って....??

ある時期から、突然、「月夜のカエル」とか「象のため息」とか(?)
「白樺」か「ホトトギス」か知らないけれど、いずれ叙情派系の
看板が、街にちらほら出現し始めて、興味を掻き立てられつつ、
果たしてここは何屋さんなのだ??..と、ついつい、暖簾をくぐって
みなければ気が済まないような、そんな物見遊山な性質ゆえ、
まんまとその術中に嵌められていたように思うが、
近頃はもっぱら、夜、出歩く事がなくなっちゃったから、
いつまで経っても、謎は謎のまま…ちょっとまずい状況だなあ…。

この時期いつも感じるんだが、あれだけクリスマスだあ!って
街中クリスマス飾りと唄や光で盛り上がってるのに、
ひとたび26日になったら、見事にクリスマスディスプレーは
跡形も無く取り外され、突然年の瀬のせわしないムード…。

カニだあ荒巻鮭だあ、餅つきだの、しめ飾りの準備だの…
クリスマスの余韻も何もあったもんじゃあ無い!

因みにキリストの生誕地は、エルサレムの中心から10kmの
ベツレヘムという場所という事になっているけれど、
現在当地はパレスチナ自治区内…。この辺りの事情だけでも
いろいろ想像ができて、もう、クリスマスどころじゃあ
ないどろうね!?ご苦労さん…って、他人事ながら思ってしまう。

かつて、自分的にはあまり仕事が上手くいってない時期では
あったと思うが(たぶん、詐欺にあった20代後半か30代の頭頃?)、
家人が突然、私を東京湾岸の某神社に連れ行き、私に言うのだ…

「あなた!これから勉強して、ここの宮司になる気ない?」

確かにそこは日本武尊由来の由緒ある神社であり、それでも
江戸期の神仏習合時代の荒みきった状態の残る明治期...
それを憂いた家人の先祖が、明治天皇の妹君(後年竹田宮に嫁ぐ)、
それに乃木希典&東郷平八郎の3人を誘って、貴族中心に
寄進をあつめ、当神社を再興させたものの、平成のその時期は
再び、宮司のいない寂れた状況となっていて、私にそれを?
まあ、仕事も上手くいってないみたいだし…この際、心機一転…
という彼女の策略だったらしい。

「宮司って、きっちり国学院大学とか卒業しないとなれないんじゃないの?」

そう思い込んでいた私だったが、そうじゃない方策も、多少の時間は
かかるが、様々あるらしい。

「あなたがやるんだったら、私も巫女の勉強するよ!」

どうも冗談ではないらしい…。

しかしね…あまりにも世俗の悪習に染まりまくった
自分じゃ、もう無理だろうよ!無理無理、絶対無理…
ってわけで、この時は軽く一蹴した話だったのだが、
なんとなくその後も気になり続けてはいた。

なお、今現在は、数年前にやり手の宮司さんが着任したらしく、
有名な「ヒーリングポイント」として、主に若い女子に
大人気の霊験新たかな、東京近郊の心霊スポットということに
なってるらしい…。

もうちょっとの勇気があれば、人生もっと楽しいものに
なっていたかもしれない…このブログもね、
「ロック好き神主の独り言!?」になってたかもね。
まあ、あくまでも「もしも」だけれど…。



好むと好まざるに拘らず、もしかしたら、世界最高のクオリティの
クリスマスソングって、竹内まりやさんの「クリスマスが今年もやってくる」
(素敵なホリデー)なんじゃないかなあって、本気で思ってたりする。
あのクオリティというか、たぶん達郎さんのCMで鍛えたキャッチーな
ポップセンスは凄まじ過ぎる。

達郎さん当人も、たぶんこれほどまでのセンシティブなプロダクションは、
今はもう無理だろうね!。

でも自分がそう言い切ってしまっては、これまでの自分の
アイデンティティっていうか、誇り(みたいなもの)って何だ?
ってことにもなるから、まあこの件は聴かなかった事にして欲しいのだけれど…。

このグループもね、あんまりクリスマスとか関係なさそうだけど、
最後のアルバム(あまり出来は良くないが)にきっちり入っているので。

まあ、もはやグループ内の人間関係は既に滅茶滅茶だったんだろうが、
クリスマスソングをやろうっていうって意気込みから、
少しでも和んで唄ってるようには聴こえるから、
それが救いといえば救いだけど、やっぱりちょっと微妙な空気も
漂ってたりして、そこらへんが如実に伝わってくるのも、
音楽の面白いところだったりする。

The Band - "Christmas Must Be Tonight"


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美談はいらない

DSC00873b.jpg
Leitz - Summar 5cm/F2 (1937)

このズマールというレンズ….戦前の、たぶんライカを
平気で買えるくらいの、相当に裕福なユーザー達の評判は…

「ライカにしては、ユルすぎて締まりがなく、使い物にならない!」

と酷評されつつも、戦前〜戦後に渡り、驚異的なロングセラーを
続け、激動のドイツ第三帝国から西ドイツ経済を支え続けたズマール。

今はその独特な柔らかい画風(?)も、立派な個性として…
否…相変わらず、(ライカにしては)安いだけのブタレンズ(?)
とか言われてもいるようだ。

もちろん私は、他のどれより、このズマールのボンヤリ&
フンワリ感がとっても好きだし、焦点部のリアルな存在感と言うか、
表現力にも、独特の趣きがあって、もはや手放せないものとなっている。



小学3年の時に、今でも彼は元気で居るけれど、ごく近所に、
小児麻痺による障害を持つ子がいて、まあ私は近所のよしみで
何かと面倒を見ていたけれど、彼が養護学校ではなく、
我々の小学校に入学したことから、毎朝、私は彼の手を引いて
通学する事になって、また、なんとなく心配で、
新入生の彼の教室の様子をちょこちょこと伺う毎日…
それ自体は極めて普通で、特別な事とは思わなかった。

ところがだ、暫くすると、この事が学校中で「美談」として
取り上げられ、ついには、私を表彰しようと動く勢力が
あることを知った。

いつものように彼の手を引いて学校に近づくと、突然
拍手が聴こえるようになった。校門をくぐると、
両脇に人垣が出来て、拍手の嵐の中、我々は少々俯きながら、
照れくさそうにそこを通り過ぎるしかないのだ…。

これははもうタマラナイ!

そういうわけで、表彰するだのと盛んに言ってた先生の
ところに出向いて、この窮状を訴えると、各学年に通達された
と見えて、翌朝から、気持ちが悪いほど拍手はピタリと止まり、
逆になんだか妙な具合の視線というか、殺気ではないが、
ヘンテコな気の流れを感じる事になる。

そうして、すったもんだの一学期が終ると、彼というか彼の親は、
あっさり我々の小学校通学を断念して、彼を「養護学校」に
転校させた。最初は自分の世話に問題があって、親御さんには
不服だったのだろうか??と、悩んだりもしたが、
親御さんはしっかりと彼の将来を見据え、見極めた末の
決断だったようだ。

二学期になると、もう彼の事を噂する人もいなくなって、
私も普通の小3に戻った。それまで散々、「君は偉い、
当校の誇りだ…」などと歯の浮く台詞を言ってた女教師とは
もう話をする事も無くなった。

過去は過去…いつまでも引き摺ってちゃあ、たぶん
こちらの神経が持たない。まず自分がいち早く忘れてしまおう…!
そんな変な人生訓を得たような、そんな小3の出来事であった。



もう一丁クリスマスソングを…って、唄じゃなかったが、
リックウェイクマンの「ヘンリー八世と六人の妻〜抜粋〜」を
イエスの72年のステージから!

途中にジングルベルが挟んであって、
「ああ、これってクリスマス時期だったのかあ?」
って言うのが、妙に現実感があって、変な気分だったような気がする。
自分の中でイエスとかクリムゾンって、まだ実在して無い架空の存在(?)…
だったかもしれないなあ…。

初めてこの映像版を観たのは、上京してすぐの頃(当然70年代)に 
TVKかテレビ埼玉か忘れてしまったが、トマトがなんやらほい(?)
って番組でこれを観て、偉くたまげた記憶がある。
うおおーメタルメッシュのマント!重そう!!って。

80年代に入ると、普通に輸入版のこのビデオパッケージを手に入れて、
毎日のように眺めてたような気がする。だってYsssongsだぜ!ってな感じ。

そんなわけで(?)自分にとってこれは、押しも押されぬ
「クリスマスソング」であるのだ。
Yessongs:Rick Wakeman: - Excerpts from The Six Wives of Henry VIII


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